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数秘術関連等ツイート(2021年3月分)

 

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枚数 (2021.3.31 20:00)

 

展開するカードの枚数でマウントを取る占い師がいるのか。

きっと三千枚くらい展開しているんだろうな。

 

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占わなくても済む暮らし (2021.3.31 18:36)

 

ごくたまにソシャゲのガチャを引くタイミングや、スーパー銭湯へ行くことなどをダイスで簡単に占うことはあるけれど、重要な問題ほど占わないなぁ。

というか、いかにして「占わなくても済む暮らし」、つまりは「選択を迫られない暮らし」の実現を模索していたりするね。

 

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道標(みちしるべ) (2021.3.31 13:19)

 

タロットにおける「17 星」は1+7→「8」となるため、これを逆数「1」で読み解いていく。

正に自らの「1(衝動・インパルス)」を強く輝かせ、自らの中の暗闇において道標(みちしるべ)として活用するイメージ。

自らが発する「1」の光が、まるでレーザーサイトのように、進むべき道を示してくれる。

 

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嫌いなモノ (2021.3.30 23:55)

 

やはり「嫌いなモノ」がある方が、心が活き活きしてくるな。

 

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波瀾万丈 (2021.3.30 23:48)

 

波瀾万丈な人生を送っている悲劇の主人公」感を味わいたいヒトが多いから、マスターナンバーである「33」に対して「波瀾万丈」という表現があふれる説。

ある意味「需要と供給」がマッチしているとも言えるのか。

 

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カルマ (2021.3.30 23:39)

 

いわゆるニューエイジにおける「カルマ」の応用は、現代数秘術(モダンヌメロロジー)にも受け継がれているけれど、これが「マスターナンバー」においては更に顕著なイメージ。

だからこそ「取扱注意」なんだよね。

 

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賛同できない表現 (2021.3.30 23:18)

 

波瀾万丈な人生は、あなたが自ら選んでいるんだよ」という表現には、やはり賛同できないなぁ。

 

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「数秘術」を聴く (2021.3.30 22:51)

 

他の人の数秘術リーディングをclubhouseで聴くのは参考になるんだけど、いかに「スピまみれではない」数秘術を聴けるかが、僕としては重要だったりするね。

 

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「支配」と「忍耐」 (2021.3.30 20:40)

 

逆数秘術において「コントロール欲求」は、「8(制御)」というカタチを通じて自らの「1(自尊)」というチカラを満たそうとする欲求として捉えている。

これが他者に向かえば「支配」となるし、自己に向かえば「忍耐」となる。

忍耐」で「1(自尊)」を満たすと、限度を超えて耐え続けることに。

 

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「数」で語り合うメリット (2021.3.30 17:06)

 

言語」を用いると角が立つ表現を、象徴言語としての「」を用いて柔らかく表現していく。

言語」を用いることでかえって排除してしまう微妙なニュアンスを、象徴言語としての「」を用いてふんわりとまとめながら表現していく。

数秘術フリーク同士が「」で語り合うメリットの一部といえる。

 

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パワハラ (2021.3.30 15:33)

 

2(対話)」の振りをした「7(詰問)」。

4(規則)」の振りをした「5(排撃)」。

6(教導)」の振りをした「3(嘲笑)」。

8(指示)」の振りをした「1(傲慢)」。

偶数(静的・秩序・カタチ)の振りをした、奇数(動的・混沌・チカラ)のストレス発散的な発動が「パワハラ」なのかも。

 

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僕なりのこだわり (2021.3.30 13:52)

 

この数のヒトは○○だ」などと表現する際、その「」が持つイメージとどれだけズレずに表現できるか、ということを大事にしている。

そのため「4」の「不動」さを大きく覆すような性質については、逆数である「5」の「多動」を用いて表現していく。

これは僕なりのこだわり。

 

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恋とは「反転」 (2021.3.30 13:42)

 

いくら普段「4(不動)」なヒトでも、恋をすれば「5(多動)」に転じることもある。

いくら普段「8(自制)」なヒトでも、恋をすれば「1(猛進)」に転じることもある。

恋愛はヒトを「反転」させ得る。

 

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成長 (2021.3.29 19:30)

 

僕が「成長」という言葉にあまり重きを置いていないのは、そんな「成長」を求めること自体が酷な人を(僕も含め)いっぱい見てきたからかもしれないなぁ。

現状維持」がやっとの人に対し「もっと成長しよう!」なんて言えやしないから。

 

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リセットチャンス (2021.3.29 18:18)

 

スマホの紛失や故障って、最も身近な「0(リセット)」チャンスだよなぁ。

完全に元に戻そうとするから色々と面倒臭くなるわけで、その中から「元に戻さなくてもよいもの」を適宜チョイスできれば、思いきった人生のスリム化が図れそうだね。

 

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必要な抵抗運動 (2021.3.29 13:56)

 

1」は「8(計画性)」への抵抗運動。

3」は「6(効率性)」への抵抗運動。

5」は「4(継続性)」への抵抗運動。

7」は「2(関係性)」への抵抗運動。

これら奇数(動的・混沌・チカラ)的な抵抗運動を通じて、社会における偶数(静的・秩序・カタチ)の「真の価値」を理解していく。

 

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安全な「個性」 (2021.3.29 13:18)

 

《個性》を豊かに発揮したいけど、攻撃はされたくない」という思いが、安全な《個性》を大量生産していく。

 

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いい感じ (2021.3.28 17:16)

 

髪を染めなくなって久しいけれど、ようやくにして白髪と黒髪が半々くらいになってきたな。

この「老若」が混じり合った、今の姿はいい感じだね。

もちろんオール黒髪でもいい感じだし、オール白髪でもいい感じ。

つまりいつでも「いい感じ」ってこと。

 

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「外見」は観ない (2021.3.28 15:42)

 

そういえば僕は「逆数秘術」において、容貌や体型を「」でこじつけることはしないね。

そこに「意味」を見出せないから。

 

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「時空」に囚われない (2021.3.28 15:26)

 

僕は「逆数秘術」において、数年がかりで時間と空間、つまり「時空」になるべく囚われない「」の捉え方を模索している感がある。

以前用いていた「上昇(下降)数」を無くし、個人年数においても「1」から始まり「9」に終わるという数直線的な読み方をやめつつある。

上下も先後もない数秘術だ。

 

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自分を二つに分けない (2021.3.28 13:59)

 

きれいな自分」と「みにくい自分」。

上手な自分」と「下手な自分」。

明るい自分」と「暗い自分」。

自らを二つに分けることで生まれるコントラスト(対比)、それによるジレンマや自己矛盾の数々。

9(曖昧)」に生きるということは、自らを二つに分けることをやめるということ。

 

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人生の「多様化」 (2021.3.28 13:44)

 

数秘術における「」のイメージを、より豊かに言語化していきたいのなら、自らの生をより「多様化」させていくのが近道かも。

様々なバリエーションの喜怒哀楽を経験し、様々なシチュエーションにも遭遇し、心身を縦横無尽に動かしていくイメージ。

後はその自らの体験を「」に翻訳していくだけ。

 

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脱力感 (2021.3.28 12:57)

 

赦す(僕はあえてこの字を用いている)」も「諦める」も「9」のイメージだけど、これらは「憎しみ」や「恨み」を持ち続けることに、心身がほとほと疲れ果てた先に訪れる「脱力感」がベースになっていると思っている。

 

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超訳 (2021.3.28 12:09)

 

どれだけ「超訳」な宗教でも、広まればオーケー。

どれだけ「超訳」な古典でも、売れればオーケー。

どれだけ「超訳」な占断でも、当たればオーケー。

そりゃ「超訳」が無くならないわけだ。

 

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死神 (2021.3.27 22:50)

 

ある日突然に現れる「0(虚無)」は、その強度によってはその日突然に人生を終わらせる「死神」としても機能する。

でもこの「0(虚無)」を「9(自然)」とバランスよく折り合いをつけることができたなら、希望も絶望もせずに人生をのんびりと送ることが可能。

死神」も話し相手くらいにはなる。

 

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感謝なんてやめる! (2021.3.27 21:29)

 

6」の「ホスピタリティ」が長年に渡って評価されなかったり、または「余計なお世話」的な反応が返ってきたりするケース。

この場合は「6」が「自粛」という優しさ(自分は何もしない方が有益だ)に走ったり、または真逆の「3」へと向かい「もう私、感謝なんてやーめた!」などと振る舞うことも。

 

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そっかぁ (2021.3.27 21:10)

 

「逆数秘術」なんてものを作ってる割には、僕自身はそれを用いて自らの「過去」や「未来」を読み解くことをしないし、そもそも興味自体がないよなぁ。

僕にとっては過去も「そっかぁ」だし、そして未来も「そっかぁ」なんだよね。

 

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無理しなくていいね (2021.3.27 20:53)

 

6」は生きてるだけで「ホスピタリティ」だから、確かに無理しなくていいよね。

 

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真逆の意見 (2021.3.27 18:45)

 

ツイッターにおいて全く同じ時刻に、二人の占い師が真逆の意見を表明するのは、その「現象」自体にいろんなこじつけができそうだよね。

 

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選別 (2021.3.27 15:05)

 

2」は「見る」「聞く」などのイメージがある。

でも全てを見ているわけでも、そして全てを聞いているわけでもない。

無意識のうちに見るものを「選んで」いるし、聞くものも「選んで」いる。

目に映ったとしても見えず、耳に入ったとしても聞こえないことがあるのは、この「選別」によるものだ。

 

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悠々モード (2021.3.27 13:59)

 

てなわけでFGOの新イベント開始に伴い「3(享楽)」モードとなっていた僕だけど、クリアに伴い以前のような「9(悠々)」モードへと戻った次第。

9」モードにならないと、数秘術ツイートのネタが浮かばないんだよね。

 

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全ての「数」であふれてる (2021.3.27 13:48)

 

ツイッターのタイムラインは、全ての「」であふれてる。

奇数(動的・混沌・チカラ)なツイート。

偶数(静的・秩序・カタチ)なツイート。

9(自然)」なツイート、「0(虚無)」なツイート。

0」も含んでこそ、豊かなバラエティというものだ。

 

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「失敗」のアーカイブ化 (2021.3.26 22:15他)

 

8(制御)」には「自らの成功(失敗)を心の中で圧縮し、アーカイブとして残し続ける」イメージもある。

例えば自らの「1(衝動)」を駆使して話しかけたにもかかわらず、理解してもらえなかった経験が無意識のうちに蓄積され、そこから「苦手意識」が生まれているケースもある。

これはあくまでも一例だが、自らの「失敗体験」すらも大切に保管&蓄積(もちろん本人にその気はなくても)してしまうのが「8」などの偶数(静的・秩序・カタチ)マインドだったりする。

 

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聖火リレー (2021.3.25 12:39)

 

聖火リレー」の偶数(静的・秩序・カタチ)感たるや。

 

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僕の中の「3」 (2021.3.25 11:56)

 

僕の中の「3
「よっしゃあ!FGOの新イベントだぁ!やるぞー!」

僕の中の「6
「仕事まだ残ってるでしょ?マンツーマン講座も控えてるし、タロットのテキストもまだ完成していないでしょ?本も読まなきゃいけないし…ねぇ?聞いてる?」

僕の中の「3
「(ゲームプレイ中につき無言)」

 

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罪 (2021.3.24 12:06)

 

どこかで「」を犯し、別のどこかで「」滅ぼしをする。

人生は、ひたすらこれの繰り返し。

 

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続かない「無我」 (2021.3.23 21:25)

 

お腹いっぱいになって、なんとなくボーッとするひととき。

そんな「無我」が「9(満ちる)」であるということ。

でも奇数(動的・混沌・チカラ)や偶数(静的・秩序・カタチ)に少しでも意識が偏ると、この「無我」はあっという間に去っていってしまう。

 

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「ヘンタイ」性を見せる (2021.3.23 18:34)

 

フォーマルの偶数(静的・秩序・カタチ)な自分と、プライベートの奇数(動的・混沌・チカラ)な自分。

そのどちらもSNSにアップすることで、双方のもたらす「ギャップ」により、ファンの心をつかんでいくのもありか。

タキシードを着たヘンタイ」を見せつけて、相手の脳をバグらせるイメージ。

 

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老荘思想 (2021.3.23 17:46)

 

逆数秘術」を覚えてから「老子」や「荘子」を読むと、めちゃくちゃ分かりやすくなるなぁ。

やはり「9(無為自然、中庸)」が鍵なんだな。

 

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楽しませたい (2021.3.23 17:43)

 

楽しいことを全力で楽しむ、つまり「3」マインドを大いに発揮することで、それを見た周りの人々が「楽しむことの大切さ」に気付いていく。

3(エンジョイ)」が「6(ホスピタリティ)」へと反転した瞬間だ。

誰かを「楽しませたい」のなら、まずは自分が存分に「楽しむ」ことから始めてみよう。

 

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親の願い、子の願い (2021.3.23 17:16)

 

親が願う「4(安定)」と、子が願う「4(安定)」。

もし両者の「内容」が著しく異なったなら、相手の「4」は自らの「4」を破壊するための「5(反抗)」にしか見えなくなってしまう。

偶数的な「忍従」か、奇数的な「抵抗」か、あるいは「9」的な「時間をかけた歩み寄り」か、好きなものを選ぼう。

 

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万物斉同 (2021.3.23 16:57)

 

万物は《道・タオ》の観点からみれば等価である」というのが、荘子の唱えた「万物斉同」。

道・タオ》とは、世界を相対的に認識することからの超克。

奇数(動的・混沌・チカラ)と偶数(静的・秩序・カタチ)のコントラストで認識される世界を俯瞰した「9(全)」において、全ては等価となる。

 

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「7」と「2」のコンビ (2021.3.23 2:08)

 

7(問い)」の庵野秀明。

2(答え)」の安野モヨコ。

これ以上の説明はいらない。

 

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「0」は全ての人に (2021.3.23 1:43)

 

もし人生が「9(全)」として生まれ、そして「9(全)」へと還る旅だとすれば…

人生の途中途中で「0(無)」に襲われて、大小はあれど自らの無意味や無価値を痛感してしまうのも無理はないのかもしれない。

つまりは、全ての人に「0(無)」は訪れ得るということだ。

 

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システム的な恋 (2021.3.23 0:54)

 

8」マインドにおける「システムとしての恋愛」について。

まるで工場内のベルトコンベアのように、運ばれてくる出会いを機械的にこなし、自らの「1(カオスな直観)」を封印して、好きになるべく相手の長所を頑張って見つけようとする姿勢。

これは恋愛の果実としての「カタチ」への拘りでもある。

 

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「7」祭り (2021.3.22 19:47)

 

てなわけでclubhouseのイベント開始までの間『プロフェッショナル』を観ているところ。

7」の庵野秀明、そして「7」ンゲリオンの制作過程を堪能している。

 

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数秘術と数学 (2021.3.21 19:21)

 

『ブリタニカ国際大百科事典』の「数の象徴」の翻訳引用だけど、この表現は好きだねぇ。

 

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「父性」のカード (2021.3.21 17:05)

 

タロットの「4 皇帝」を「5(プロテスト)」で読み解いていく。

5」とは刺激や冒険という「4(安定)」への抵抗運動でもあるが、これらの荒っぽい行為をあえて子供にさせることにより、ルールや制限など「4」の大切さを学ばせ、健全な成長を促していく。

つまりは「父性」のカードでもあるわけだ。

 

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水銀 (2021.3.21 16:04)

 

古代においては不老不死の妙薬として珍重もされたが、結局はただの猛毒だった「水銀」。

自らの子供への教育や接し方が「」と信じて疑わない親が、実は子供からは「」として認識されるケースとなんだか重なるんだよなぁ。

 

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ソクラテス的発問 (2021.3.21 13:01)

 

相手からの質問に対して質問で応えるという「ソクラテス的発問」は極めて「7(問い)」なアクションであると共に、相手をイラつかせる手法というイメージ。

これで自らの「無知」を突きつけられたアテナイの市民たちに恨まれたあげく刑死したソクラテス。

2(答え)」の揺さぶりもほどほどに。

 

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哲学 (2021.3.21 12:45)

 

clubhouseの哲学ルームに潜入しているけれど、みんなで様々な「7(問い)」を投げかけて深く掘り下げる姿勢も見えるし、それぞれがこだわりの強い「2(答え)」をぶつけ合って平行線をたどる姿勢も見えて面白いな。

正に「7(問い)」と「2(答え)」の螺旋運動が「哲学」なのかも。

 

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所変われば (2021.3.20 22:52)

 

数秘術を学ぶ上で一番初めに知ってもらいたいのは「所変われば《数》のイメージも変わる」ということだね。

 

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後回し (2021.3.20 22:36)

 

自分の夢を後回しにする。
自分の計画を後回しにする。
自分の美意識を後回しにする。
自分のビジネスを後回しにする。

あらゆるものを倫理による強制ではなく、ごく自然に「別に先にやってもいいよ」などと後回しにすることで、逆にあらゆる人々の先駆けになっていく。

正に「9(鷹揚)」な生き方。

 

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まだまだ先 (2021.3.20 22:09)

 

いろんなことを考え、いろんな教えに触れるたびに「逆数秘術」は少しずつ変化しているから、これを本にするのはやはりまだまだ先のことになりそうだなぁ。

 

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フィランスロピスト (2021.3.20 22:00)

 

0」なニヒリスト(虚無主義者)は、もしかしたらほんのちょっとのきっかけで「9」なフィランスロピスト(博愛主義者)になれるのかもしれないね。

 

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合気道 (2021.3.20 16:57)

 

相手の直線的な「1(突撃)」を円(まる)く受け流すことにより、その相手を倒すという「8(制圧)」を実現していく。

合気道における「円める術」の中に飛び込んだ相手の「意図」は、それとは正反対の「結果」として相手へと返っていく。

合気道とは正に「9(円環)」の理(ことわり)とも言える。

 

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平等なニヒリスト (2021.3.20 14:59)

 

僕はまぁまぁ「0」に塗(まみ)れた「ニヒリスト」だから、普段から「遍く全てのものに意味も価値もない」などと考えるヒト。

でもだからこそ、何かにやたらと意味や価値を与えない、という点では「平等」なんだよね。

意味や価値を尊ぶあまり、それらが乏しいものを蔑むよりも、はるかにマシかも。

 

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『Numerorum mysteria』 (2021.3.20 11:14)

 

1591年にPietro Bongoによって書かれた『Numerorum mysteria』。

キリスト教神学と数秘術の調和を目指して書かれた本だけど、現代でも翻訳版が手に入るのね。

原著のPDFは無料で入手できるけど、ラテン語だからなぁ。

 

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バアル (2021.3.20 1:05)

 

カナン(古代イスラエル地域)で信仰されてきた嵐と慈雨の神「バアル」は、旧約聖書において大いに批判され、ついには悪魔にまで堕とされたとも。

創造主の完全性を際立たせるためにこき下ろされた「バアル」と、完全な数「7」の引き立て役として獣の数「666」に用いられる「6」とが重なって映る。

 

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不遇な「6」 (2021.3.20 0:44)

 

旧約聖書の創世記において「7」は世界を創り上げた日数であり(とはいえ7日目に神は休んでいるが)、故にキリスト教においては「完全性」を表す数。

その「7」の「完全性」を際立たせるために、その前の「6」が殊更に「不完全性」の象徴とさせられた感は否めない。

666(獣の数)」などは特に。

 

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ニーズ (2021.3.19 23:04)

 

マスターナンバー「11」「22」「33」「44(最近登場)」は、それぞれ「2」「4」「6」「8」という偶数(静的・秩序・カタチ)に還元できる。

私はそんな偶数に閉じ込められたくない!奇数(動的・混沌・チカラ)として生きていきたい!」というニーズを満たすのがマスターナンバーなのかもしれない。

 

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前頭葉 (2021.3.19 22:32)

 

早ければ40代前半から、脳の前頭葉(理性・意欲・創造性を司る)が衰え始め、ルーティンの更なる固定化やキレやすさに繋がるという。

でも想定外・予想外の行動により前頭葉の活性化が可能ということは、僕のカチコチな「4(維持)」に、常に意識して「5(冒険)」で刺激を与える必要があるわけか。

 

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スピリチュアルと「ノリ」 (2021.3.19 17:08他)

 

事象や言葉の厳密な「定義」にあまり関心を示さず、自他の気分を上げるような「ノリ」を重んじるコミュニケーション。

言語(バーバル)は用いていても、実質的には「非言語(ノンバーバル)コミュニケーション」寄りのイメージ。

言葉の「響き」さえ良ければ、オールオッケーな「ノリ」でもある。

日々生み出されるスピリチュアル的な「用語」の中に、僕はこの「ノリ」を感じてしまうわけだ。

つまりは「《ノリ》の悪い人はついて来なくていいよ」という暗黙のメッセージでもある。

 

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「定義」の明確化 (2021.3.19 16:25)

 

そういえば僕は以前「事実は一つ、真実はヒトの数だけ」などとつぶやいたら、この「事実」の部分にツッコミが入ったことがあったなぁ。

僕は,琉嫐で用いていたけれど、ツッコミを入れた人は△琉嫐で用いていた。

用いる言葉の「定義」の明確化は、コミュニケーションにおいてホント重要だね。

 

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「0」への恐怖 (2021.3.19 14:41)

 

0(虚無・消失・空虚)」への恐怖は、人生において「9(無為自然)」へと還る際の最大の妨げとなる。

だからこそ全ての「」のバランスを経験し、緩やかな統合を果たした後の言わば仮免状態の「9(無為自然)」に対し、ラスボスとしての「0」が出現するわけだ。

これと和解できればゴールは近い。

 

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「カタチ」からの脱却 (2021.3.19 14:30)

 

ヒトは「社会的動物」である以上、赤ん坊たる「9(無為自然)」に様々な偶数(静的・秩序・カタチ)的教育を施していく。

その教育に対する「抗い」は全て奇数(動的・混沌・チカラ)的なものとして捉えられ、更に矯正させられることもある。

この「カタチ」からの脱却が「9」回帰への第一歩となる。

 

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嬰児 (2021.3.19 14:17)

 

老子」においてよく出てくる「嬰児(赤ん坊)」という言葉。

これは無意識そのもの、そして「無為自然」の象徴として扱われている。

逆数秘術的に解釈するならば、ヒトは「9(無為自然)」として生まれ、紆余曲折の後に「9(無為自然)」へと還ることを目指すイメージか。

 

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慣性 (2021.3.19 13:51)

 

2(約束)」「4(慣習)」「6(美学)」「8(計画)」で作られた、偶数(静的・秩序・カタチ)的な「プロジェクト」。

これが臨機応変不可な「固い」ものであれば、やがては「慣性」が働き始め、そのうち止めるに止められない状況となっていく。

著しい偶数は奇数(動的・混沌・チカラ)に転じる。

 

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宇宙レベルの「俯瞰」 (2021.3.19 12:41)

 

9」とは「全体」であり、そしてその全体を「俯瞰」で眺めるイメージにもつながる。

この俯瞰を宇宙レベルの規模まで拡大していったならば、そんな宇宙に小さな自分が溶け込む「9(混交)」な幸せを感じる人もいれば、反対に全ての消滅を達観して「0(虚無)」を感じる人もいる。

どちらでもOKだ。

 

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仮設 (2021.3.19 12:28)

 

仮設住宅」ってあるけれど、ヒトの一生それ自体が「仮設」だよなぁ。

やがては「更地」となっていく。

 

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「空っぽ」の違い (2021.3.19 11:56)

 

初めからの「0(空っぽ)」と、「9(満ちる)」の後の「0(空っぽ)」とでは、この「0」への感じ方は大きく異なる。

前者と後者の最大の違いは、後者は「コントラスト(対比)」によって「0」の「虚無感」が際立っていること。

 

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往復の果て (2021.3.19 1:47)

 

1(動の直観)」と「8(静の直観)」。

3(動の感情)」と「6(静の感情)」。

5(動の感覚)」と「4(静の感覚)」。

7(動の思考)」と「2(静の思考)」。

それぞれの往復の果てに「9(諦念)」と「0(虚無)」に至り、直観・感情・感覚・思考の全てが混じり合い、ぼんやり忘れていく。

 

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「配慮」の鍵 (2021.3.18 22:50)

 

3」マインドが強い「6」の人は、誰にでもお節介レベルで親切をばらまいていく。

3」マインドが弱い「6」の人は、気恥ずかしさのあまり、親切のタイミングを逸することがある。

3(奔放)」は「自己肯定感」を表す数であると共に、自らの「6(配慮)」を正しく機能させる鍵を握る数でもある。

 

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老子 (2021.3.18 17:42)

 

僕が普段から「逆数秘術」において語っている「ヒトはコントラスト(対比)で認識する」という考え方は、既に何千年も前に「老子」が説いているんだよね。

 

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誰と戦っているのか? (2021.3.18 14:22)

 

みんな一体誰と戦っているの?

この言葉の中に、まるで「9(鷹揚)」マインドから、全ての人に問いかけているかのようなイメージを感じる。

全ての戦いは自他の明確な「相対化」から生まれるとするならば、その両者を混ぜ合わせて「どちらも同じ地球人だよ!」などと戦う気を失わせるのが「9」。

 

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セリフ (2021.3.18 13:46)

 

数秘術において「」のイメージをより豊かに言語化していきたいのなら、好きなアニメや漫画、映画やドラマの登場人物を「」に当てはめてみるといいかも。

そうすると、その登場人物の行動、更には数々の「セリフ」が、そのまま「」のイメージを語る言葉として使えるようになるから。

 

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「0」へと向かう時間 (2021.3.18 13:32)

 

何かに熱中して、つい時間を忘れる奇数(動的・混沌・チカラ)な人。

何かに集中して、つい時間を忘れる偶数(静的・秩序・カタチ)な人。

熱中も集中もしなくても、ただぼんやりしているうちに時間を忘れていく「9」な人。

つまりどうあっても、時間は「0(忘れる)」へと向かっていくようだ。

 

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リラクゼーション (2021.3.18 13:22)

 

一般的に数秘術において「9」は「終わり」の数として捉えられる。

でも逆数秘術においては「始まりも終わりもない《円環》な世界に漂う」イメージとして捉えている。

始まりを懐かしみ、そして悔いることなく、終わりを儚み、そして恐れることもない。

ただぼんやりと漂うリラクゼーションな生だ。

 

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永劫回帰的 (2021.3.18 12:35)

 

個人年数は「1」から「9」を順番に繰り返すから、始まりとしての「1」と、終わりとしての「9」で解釈していく。

でも逆数秘術だと、どの数が始まりなのか終わりなのかが、良い意味で「ぼんやり」しており、その辺りがニーチェの「永劫回帰」的で実に良い。

円環」に始まりも終わりもないからね。

 

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計画 (2021.3.17 21:43)

 

そういえばこの3月は、数秘術では「8」の月になるね。

失敗」もきちんと計画に織り込んでいくといいよ。

 

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要請 (2021.3.17 13:04)

 

生物としての男性・女性ではなく、社会構造や文化などによって強く「要請」された役割としての性が、いわゆる男性性・女性性というイメージ。

つまり社会構造や文化の変容によって、それぞれの性に対する役割の「要請」も変わり、男性性・女性性という語で表される性質も変わり得るということだね。

 

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手抜き (2021.3.16 13:29)

 

手を抜いているんじゃない。

ゆとりで満たしているんだ。

 

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行列 (2021.3.16 11:49)

 

偶数(静的・秩序・カタチ)は全く動かないイメージだが、順序良く速度を保ち動く行列も、コスモス(秩序)な偶数のイメージ。

その行列において速すぎるのも遅すぎるのも、更には完全に停止して渋滞を起こすのも、行列の規則からの「逸脱」という意味で奇数(動的・混沌・チカラ)のイメージとなる。

 

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花粉症対策 (2021.3.16 10:29)

 

それぞれの花粉症対策

1」海外逃亡
2」舌下免疫療法
3」ヨーグルトどか食い
4」フルフェイスマスク
5」花粉を弾くスプレー
6」食生活の徹底改善
7」地下避難
8」アレ〜グラ〜
9」田舎暮らしへの回帰
0」地球破壊爆弾

 

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数秘元旦 (2021.3.16 10:01)

 

最近見かけるようになった「宇宙元旦」は、僕の中で自動的に「占星元旦」に翻訳している。

そうすると西暦における元旦は「数秘元旦」とも言えなくもないけれど、僕は個人年数の誕生日切り替えを採用しているから、つまりはそれぞれの人の誕生日が、その人自身の「数秘元旦」となるイメージだね。

 

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地震 (2021.3.16 5:31)

 

地震は「5(破壊・振動)」のイメージであり、これが起きることで我々が普段信じきっている大地の「4(安定・不動)」的イメージに「疑い」を抱き始める。

地震の怖さは、物質的な揺れだけではなく、この「心理的な揺れ」も大きいのかもしれない。

当たり前」が「当たり前」ではなくなる恐怖だ。

 

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突如、突然 (2021.3.15 23:46)

 

自らの奇数(動的・混沌・チカラ)を強化しようとするあまり「奇数を続けなきゃ!」などと気負ってしまえば、それはもはや偶数(静的・秩序・カタチ)と変わりがなくなる。

奇数とはカオスかつダイナミックであるが故に、それを平らに均すことはできない。

突如始めて、突然飽きる…これこそ奇数だ。

 

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引かれるか、惹かれるか (2021.3.15 22:26)

 

3(カオスな感情表現)」な人がおもいっきり「引かれる」こともあるし、でもそんな「3」な人におもいっきり「惹かれる」人もいる。

雰囲気との「バランス」を考慮しつつ、堂々と「3」でいればいいよ。

 

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相対化される「9」 (2021.3.15 22:17)

 

「中道」「妥協」「止揚」、それら「9(統合)」が誕生した瞬間、その周りの環境からの「評価」を受けていく。

その環境が偶数(静的・秩序・カタチ)寄りならば、その「9」は奇数(動的・混沌・チカラ)として評価されていくし、逆もまた然り。

なかなか「宙ぶらりん」では居させてくれないものだ。

 

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中道、妥協、止揚 (2021.3.15 22:05)

 

両極端に偏らず、対立する見解や態度を克服する、仏教用語としての「中道」。

対立者同士がお互いに譲り合って意見をまとめる「妥協」。

矛盾する諸要素を、対立と闘争の過程を通じて発展的に統一する「止揚」。

これらは全て「9」のイメージを与えており、状況により変えていく「戦略」でもある。

 

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「コスモス」時空 (2021.3.15 21:47)

 

ほぼ奇数的な「カオス」でしかない振る舞いを久々に見ると、なかなかに衝撃的ではあるなぁ。

そしてそんな風に衝撃を受けるくらいには、僕もまだまだ偶数的な「コスモス」志向が強いということか。

いや、単に普段からあまりにも偶数的な「コスモス」時空に埋もれて生きているだけかもしれない。

 

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貼り直す (2021.3.15 20:30)

 

「逆数秘術」を雑に言い換えるなら「後藤式・万象への《数》ラベルの貼り方理論」ってところかな。

万象に《数》ラベルを貼ることで、思考の整理整頓が可能となるけれど、まぁ万能ではないよね。

もし間違えて《数》ラベルを貼ってしまったと思ったなら、容赦なく剥がして貼り直すといいよ。

 

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「霊能」を高める (2021.3.15 15:41)

 

偶数(静的・秩序・カタチ)的な「制限」と、奇数(動的・混沌・チカラ)的な「解放」の往復運動(厳格な修行)によって「霊能」を高めていく…

こういう考え方もあるわけか。

 

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霊感 (2021.3.15 15:24他)

 

霊感」というと何となく「受ける」「見る」などのイメージを持つ「2」に当てはめたくなるかもしれない。

でも逆数秘術において「2」は誰にでも見る(共有する)ことができるような「コスモス(秩序)」のイメージであり、「霊感」は「7」的な「自らの内側に見えるカオスなイメージ」にも思える。

ちなみに「9」だと、霊的なものやそうでないものとの区別をつけず(または区別がつかず)、両者が曖昧模糊に混じり合っている(それが自然であるという捉え方)イメージかもしれない。

もしも「霊感」寄りな「9」であれば、それは「汎神論」ならぬ「汎霊論(全てに霊は宿る)」的に世界を捉えるかも。

 

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謝意 (2021.3.15 11:35)

 

感謝」の意味は「ありがたいと思うこと。ありがたさを感じて謝意を表すること」とのこと。

この「謝意を表する」は正に「6(倫理的な儀礼)」のイメージだが、「ありがたいと思う」というのも「私という存在は様々な人や物に助けられている」、つまりは周囲からの「6(配慮)」への謝意にも繋がる。

 

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感謝なき喜び (2021.3.15 11:25)

 

もしも「6(倫理的な儀礼)」としての「感謝」、つまり「誰かから何かを施されたら、その喜びを相手に伝える」という行為を教わらなかったとしたら。

その場合は「3(喜びの感情発動)」のみで完結、つまりは例え何かを施されたとしても「おっ、ラッキー♪」くらいにしか思わなくなるのかもしれない。

 

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優しい「救助」 (2021.3.15 11:09)

 

さっき現場に止まった救急車。

今までだとサイレンを急に止めていたけれど、今日のはサイレンを徐々に弱めており、まるで現場から遠ざかるかのように聞こえた。

救急車を呼んだことを近所に知られたくない」というニーズへの「6(配慮)」というイメージ。

6(救助)」はますます優しくなる。

 

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感謝という名の「儀礼」 (2021.3.15 9:18)

 

感謝」の源は何かしら(行為)に対する「喜び」の感情。

それは子供の頃に「そういう時はありがとうって言うのよ」などと、その「喜び」を相手(目に見えずとも)への「お礼」とセットで表明することを、社会通例上の「儀礼」として刷り込まれていく。

3(表出)」と「6(配慮)」の合わせ技だ。

 

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感謝 (2021.3.15 9:03)

 

感謝」の念が湧き上がる様を逆数秘術で喩えるなら、止めどない感情の表出を表す「3」がイメージできる。

でも「感謝」の念を相手に伝える行為を、社会秩序の維持に必要な「(刷り込まれた)儀礼」と捉えるならば「6」のイメージとなる。

両者混合としての「感謝」は「9」でも良いのかもしれない。

 

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アウトソーシング (2021.3.15 0:37)

 

自らに足りないと思われる性質は、別に「アウトソーシング」しても良い。

奇数(動的・混沌・チカラ)が足りなければ、服などのアクセントの工夫や、面白い人と共に行動するなど。

偶数(静的・秩序・カタチ)が足りなければ、リマインダーやメモツールの強化や、生真面目な人に委ねるなど。

 

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曖昧模糊 (2021.3.15 0:29他)

 

ヒトは普段「9(曖昧模糊)」として生きており、奇数(動的・混沌・チカラ)や偶数(静的・秩序・カタチ)を明確には意識していない。

他者や環境、自分自身からの刺激を受けた時に、無意識のうちに奇数や偶数を用いて対応していく。

ただし自らの「9」を意識すれば、傍らに「0(虚無)」が現れる。

これはわかりにくいかもしれないけれど、僕としてはかなりな「気づき」だったりする。

曖昧模糊」な自らを直視するということは、すなわち「虚無の鏡」をのぞき込むようなもの。

のぞき続ければ、やがては「虚無」に吸い込まれてしまう。

9(全)」を見続けると、段々「0(無)」に見えてくる。

 

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「虚無」の前段階 (2021.3.15 0:17)

 

ヒトが「0(虚無)」に突入する際には、一瞬だけ「9(諦念)」を経過する。

いろんなことを思い、そして頑張ることに疲れ果て、言いようもない脱力感、ふっと力が抜けたその瞬間に、ほんの刹那だけ全てを「赦す」タイミングが訪れる。

でも瞬時に「0」へと反転し、自己の消滅・透明化へと向かう。

 

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家出2 (2021.3.15 0:05)

 

偶数(静的・秩序・カタチ)ならば「家出」をせずに残るイメージ。

2(縁を信じる)」、「4(維持を最優先)」、「6(子供などへの責任)」、「8(自分が耐えればいい)」など。

9」だと気がついたら「家出」の意思など忘れてしまうし、「0」だと自らの消滅や透明化を図る(家出とは限らない)。

 

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家出 (2021.3.14 23:59)

 

家出」は奇数(動的・混沌・チカラ)的なアクション。

「私を無視するな!私を認めなさい!」な「1」。

「かまってくれないなら外で遊んでやる!」な「3」。

「ちょっと危ないことをしたくなっちゃった」な「5」。

「結婚って、人生っていったい何なのだろう…」な「7」。

 

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「てなわけで」の理由 (2021.3.14 23:14)

 

書き始めの「てなわけで」は「4」の僕としては日常性を維持する大切な「ルーティン」だったりするし、そして全ては「(継承的に)連続」しているということの表れでもあるんだ。

 

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褒めてほしい (2021.3.14 18:36)

 

私はより多くの人を救いたい」という「6」マインドの裏には「そんな頑張っている私のことをおもいっきり褒め、私の自己愛をのびのびと開放させてほしい」という「3」マインド的な要望が隠されていたりもするね。

 

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お笑い芸人 (2021.3.14 17:10他)

 

まっすぐに我を通す「1」的お笑い芸人。

ひたすら喋りまくる「3」的お笑い芸人。

とにかく暴れまくる「5」的お笑い芸人。

ディープに没入する「7」的お笑い芸人。

奇数(動的・混沌・チカラ)な彼らは、観ているヒトにとっては「奇数の代行業」のようなものだ。

普段から偶数(静的・秩序・カタチ)にまみれているヒトが、うまく発揮できない奇数(動的・混沌・チカラ)を、お笑い芸人たちに代わりに発揮してもらうイメージ。

 

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円環 (2021.3.13 22:51)

 

9(360°)」から歩んで「0(0°)」へと還る。

0(0°)」から歩んで「9(360°)」へと還る。

二つは共に同じポイントではあるが、「円環」を一周した分だけすっきりと何かを失い、そしてたっぷりと何かを得ている。

 

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ギリギリのライン (2021.3.13 20:20)

 

5(冒険)」マインドが活性化している時の僕は、割と「イリーガル」ギリギリのラインを攻めたりするね(特にサイクリング中など)。

 

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満月と新月 (2021.3.13 20:17他)

 

僕だったら「満月」には「9」を、そして「新月」には「0」を当てはめるかも。

満月」の日に一旦全てを赦し、そして「新月」の日に一旦全てを無へと還していく。

約15日ごとに「リラックス」と「リセット」を繰り返していくイメージだ。

ちなみに僕は、だいたいいつも「リラックス」しているし、そしてしょっちゅう「リセット」しているから、特に月にこだわらなくてもいい感じ。

 

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好悪の偏り (2021.3.13 19:46)

 

6」マインドにおける「好悪の情を挟まず、みんなに平等に接しないと…」という理想像。

これが問題となるのは、自らの「3」マインドによって「やっぱりあいつ(好き)嫌い!」などという「好悪の偏り」が現れ始めた時。

こうなると自らの「3」と「6」による「ジレンマ」で、身動きが取れなくなる。

 

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「ギャップ」を愛する (2021.3.13 18:41)

 

相手の奇数(動的・混沌・チカラ)っぽさを好きになると、真逆な偶数(静的・秩序・カタチ)っぽさを見た時にガッカリするし、逆もまた然り。

相手の「9(自然)」っぽさを好きになると、真逆な「0(虚無)」っぽさを見た時にガッカリするし、逆もまた然り。

双方が見せる「ギャップ」こそを愛そう。

 

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ひとりでできるもん! (2021.3.13 14:16)

 

1(自尊)」マインドが強いと「こんなのはひとりでできるもん!」となる。

8(自制)」マインドが強いと「わたしにはとてもできないもん!」となる。

両マインドのバランスが取れると「わたしのできるところはわたしが、そうでないところはみんなでちからをあわせていけばできるもん!」となる。

 

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「システム」のフル活用 (2021.3.13 14:01)

 

8」は「システム」を表すが、本来ならば「8」マインドとは「システムをフル活用する」意識となる。

でも当人の「自罰意識」が強過ぎると「システム」の活用を躊躇してしまい、自力解決を模索するケースもある。

これは自力解決という実績を元に「1(自尊心)」を取り戻そうとする焦りともいえる。

 

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解放者 (2021.3.13 5:28)

 

奇数(動的・混沌・チカラ)という「解放者」は、わざわざ一人一人を束縛から「解放」してくれるわけではない。

自らの「解放」的な生き方、その「1(衝動・自尊)」を、その「3(奔放・表現)」を、その「5(冒険・革新)」を、その「7(探究・没入)」を、他者を意識せず存分に行うだけに過ぎない。

 

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古典 (2021.3.13 0:44)

 

時間的経過ではなく、それがなぜ「古く」なったのかを考察しつつ「古典」に触れていく。

 

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優しさ (2021.3.12 23:51)

 

2」とは「相手の身になって話を聴いてくれる」優しさ。

4」とは「普段通りに変わりなく接してくれる」優しさ。

6」とは「こぼれ落ちた涙を拭い去ってくれる」優しさ。

8」とは「八方手を尽くして力になってくれる」優しさ。

偶数たちの「優しさ」で「いつもの自分」を取り戻していく。

 

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ロックオン (2021.3.12 18:21)

 

本質への「7(思索に基づく探究)」的なスナイプは、丁寧な「2(観察に基づく仮説)」的ロックオンから。

 

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「お金」への意識 (2021.3.12 17:00)

 

8」マインドが(執着でも忌避でも)「お金」を気にするのは、それが「万能かつ最強のコントロールツール」だから。

そんな「8」マインドが本当の意味で恐れ、そして憧れるのが、「お金」にコントロールされることのない、ある意味で全てが「プライド」できている、強烈な「1」マインドの持ち主だ。

 

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成長 (2021.3.12 15:38)

 

「1(自己)」→「2(関係)」→「3(開放)」…などという、いわゆる「序数(順番としての数)」を用いた数秘術的な成長ストーリー。

僕がこれを用いなくなったのは、この順番から自由になりたいから。

ヒトの成長は順番通りとは限らないし、そもそも「成長しない」という選択肢も与えたいから。

 

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差配 (2021.3.12 15:26)

 

自分がでしゃばって差配することで、事態の「8(コントロール)」につなげるパターン。

自分がひたすらに辛抱して差配を受けることで、事態の「8(コントロール)」につなげるパターン。

自らの「1(自尊)」マインドが強ければ前者を、弱ければ後者を選びがち。

 

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頑丈な「基礎」 (2021.3.12 15:08)

 

4」の僕は、築いてきたものが陳腐に思えたり、または自信を失うと、自らの「5」マインドを用いて割と容赦なく「破壊」していく。

でも、たとえ「建物」が壊されても、その下の「基礎」はそのまま残っていたりする。

長い年月、踏み固め続けた「基礎」は、そうそう簡単には壊されないものだ。

 

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意味の「限定」 (2021.3.11 19:41)

 

象徴言語としての「」を哲学に用いるために、あえて意味を「限定」させているのが「逆数秘術(アンビバレント・ヌメロロジー)」の特徴だったりする。

その「」だけでは語れない部分を「逆数」を用いることで「相対的」に解釈していくイメージ。

哲学は用いる言葉の「定義付け」から始まる。

 

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「刻限」のない人生 (2021.3.11 18:37)

 

果たして僕は、残りの人生で「努力」することがあるのだろうか。

数秘術も読書も、僕にとっては別に努力でも何でもなく、ただやりたいからやっているだけだし、別に成長やリターンを求めているわけでもない。

あぁそうか、僕は全てにおいて「刻限」を設けていないから「努力」しないのか。

 

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矜持 (2021.3.11 15:55)

 

一介の数秘術師の矜持として、陰謀論強化の片棒を担ぐわけにはいかないのよね。

 

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数秘術と陰謀論 (2021.3.11 15:45)

 

いまさら「Qアノン」のことを知ったよ。

Q」がラテンアルファベットにおける「17」番目の文字ということで、この「17」にいろいろとこじつける事例もあるみたいだね。

数秘術的な「こじつけ遊び」は陰謀論と相性が良いから、ホント困っちゃう。

 

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「6」へとつながる「3」 (2021.3.11 14:08)

 

あなたのその「遊戯」が、それを見た誰かの「解放」を促すかもしれない。

あなたのその「発表」が、それを見た誰かの「決意」を促すかもしれない。

あなたのその「逸脱」が、それを見た誰かの「勇気」を促すかもしれない。

あなたのその「3(奔放)」は、誰かにとっての「6(教導)」へとつながる。

 

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何でもできる (2021.3.11 13:09)

 

愚者」は「0(ナッシングネス)」という「何もない」だからこそ、「9(オールマイティ)」という「何でもできる」に反転できる。

 

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未来 (2021.3.11 12:43)

 

そういえば僕って「(自分や人類の)未来」の話を一切しないね。

たぶん関心がないんだと思う。

未来」のことを考えていたら、ボーッとできなくなっちゃうし。

 

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どちらでもいいよ (2021.3.11 12:16)

 

忘れてもいいし、忘れなくてもいいんだよ」というのが「9」からのメッセージだね。

 

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中動態 (2021.3.11 11:34)

 

する(能動)」と「される(受動)」の外側にある「中動態」を「9」的なものとしてこじつけてみると面白いかも。

その行為をおこなう自分の中で、自らの意思が充分に「満ちる」ことを重視するイメージ。

 

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こだわらない (2021.3.11 11:15)

 

9」マインドにおける「こだわらない」とは、自分や他者が何かしらにこだわっていてもいなくても、そのどちらにも「こだわらない」ということ。

こだわり続けなければならない」ということにも「こだわらない」し、「こだわりを捨てなければならない」ということにも「こだわらない」イメージ。

 

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一生を費やす (2021.3.11 3:46)

 

自らの中の奇数(動的・混沌・チカラ)と偶数(静的・秩序・カタチ)によるジレンマを宥和し、まずは「9(自然・ナチュラル)」を目指す。

その後訪れる「0(虚無)」とのジレンマも宥和し、真の「9(中庸・ニュートラル)」に達する。

一生を費やし、全ての「」を味わっていく。

 

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控える「0」 (2021.3.11 1:34)

 

僕がツイートにて「9」へと向かいたい旨をわざわざ書いている時は、そのすぐそばに「0」が静かに控えているということ。

 

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心の余裕 (2021.3.11 1:15)

 

【A】
1」な子「あっ!こぼしちゃった…」

8」な親「ダメでしょ!余計なことしないで!」

【B】
1」な子「あっ!こぼしちゃった…」

8」な親「そういう時はね、こう持つといいよ」

心の余裕」の有無が、前者と後者を分けていく。

 

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まだ間に合う (2021.3.11 1:03)

 

もっと「1(猛進)」してみたかった。

もっと「3(表現)」してみたかった。

もっと「5(冒険)」してみたかった。

もっと「7(探究)」してみたかった。

大丈夫。今からでもまだ間に合うから。

 

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なぜ「悪」なのか (2021.3.11 0:53)

 

子供が「イリーガル(違法)」なことをしたら、それは自らの奇数(動的・混沌・チカラ)を発揮して、偶数(静的・秩序・カタチ)という「リーガル(適法)」とは何か、そしてそれはなぜ必要なのか検証する「確認作業」のケースもある。

その行為を叱る前に、それがなぜ「」なのかを教えていく。

 

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脱「役割」 (2021.3.10 23:56)

 

3(発表)」はしていきたい。

でも「6(教育)」にはあまり興味がない。

だから自らの奔放な「3(発表)」が、結果的に相手にとって「6(教育)」として機能するのがいい感じ。

やはり「9(多様)」な空間、つまり「役割」に固定されないスペースを目指していきたいなぁ。

 

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「9」な感じ (2021.3.10 23:50)

 

講座でも鑑定でも、やはり「9」な感じにやっていきたいなぁ。

 

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自分以外の「数」 (2021.3.10 16:43)

 

逆数秘術を学ぶ際はどうしても「自分の数」の話を優先的に聞きがちだろうけど、ヒトは全ての「」を内包しているのだから、きちんと他の「」のイメージも意識して学んでいかないとね。

むしろ他の「」の方が、そのヒト自身の性質の理解に大きくつながったりもするから。

 

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考え続けられない (2021.3.10 13:51)

 

「あのヒトはもしかしたら、私のことが嫌いなのかもしれない…いや、きっとそうだ!」

まずは「7(懐疑)」から「仮説」が生まれ、そして「」を境にそれを「2(信用)」していくプロセス。

7」という「思考のカオス」に、ヒトはそう長く耐えられるものではない。

 

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アイドリング (2021.3.9 22:47)

 

そういえば身の回りの「8」のヒトに「過緊張」を抱えているケースが多い印象。

これはあらゆるカオスに対応し、事態を適切にコントロールすべく、自らの心身を常に「アイドリング(暖機運転)」しているようなイメージかもしれない。

別の言い方を用いるなら「過準備」といったところか。

 

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シェルター (2021.3.9 22:35)

 

いわゆる「4」的な「シェルター」があるからこそ、ヒトは存分に「5(反抗・反発)」というカオスを楽しめるイメージ。

この「シェルター」として機能するのは「SNS」だったり「匿名性」だったり「ファン」だったりするね。

 

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権利 (2021.3.9 21:51)

 

登校が「義務」だとすれば、不登校は「権利」だと思うんだ。

 

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きちんと (2021.3.9 21:47)

 

きちんとしなさい!」という偶数(静的・秩序・カタチ)マインドによる命令。

きちんとって何さ!」という奇数(動的・混沌・チカラ)マインドによる抵抗。

自らの中で双方が同時に叫べば、宙ぶらりんになるのも無理はない。

双方の話をやんわり流せるようになれば「9(無為自然)」に近づく。

 

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陰謀論による「くすぐり」 (2021.3.9 20:49)

 

「もしかしたらこの世界には丁寧に隠された、とてつもない《真実》があるのかもしれないし、そのベールをめくることで今まで知らなかった、もっと広大な世界が見られるのかもしれない…」

人々の中に眠る「7(探究)」マインドをくすぐり、常識という「2(定義)」を書き換えていく「陰謀論」の罠。

 

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本当に「守りたい」もの (2021.3.9 20:31)

 

反射的に「抵抗感」を抱くものの中に、自らが本当に「守りたい」もののヒントが隠されている。

つまりは、そのヒトの「5」なアクションの中に「4」のヒントが隠されているということ。

 

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「やってみた」動画 (2021.3.9 14:51)

 

ユーチューバーに見られる犯罪的な「やってみた」動画は、結局のところショーとしての「なんちゃって奇数(動的・混沌・チカラ)」でしかなく、それを観たヒトは自らの奇数性を「なんちゃって」な感じで満たすだけ。

もはや偶数(静的・秩序・カタチ)強制社会への奇数的抵抗を諦めているかのようだ。

 

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「教育」の背景 (2021.3.9 14:35)

 

「私達は自らの奇数(動的・混沌・チカラ)を存分に発揮するから、君達は私達の邪魔(競合)をしないよう、偶数(静的・秩序・カタチ)を発揮しておとなしくしていなさい」

もしも子供達が、こんな「(大人の都合による)教育」の背景を見てしまったなら、奇数性を発揮して抗う気にもならなくなるね。

 

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関係の数だけいる「私」 (2021.3.9 13:42)

 

あなたの中の私」と「私の中の私」における不一致と、それによるジレンマ。

でも「関係」の数だけ、それぞれの「」がいる、という考え方ができれば、このジレンマは少しずつおさまっていくのかもしれない。

」は「たった一つしかいない」という観念から、自らを解き放っていく。

 

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天邪鬼のルーティン化 (2021.3.9 13:17)

 

常識破壊的、かつ天邪鬼(あまのじゃく)な振る舞い、つまり「5」マインドをフル活用することにより、それ自体がルーティン化し、自らの個性として定着する、つまりは「4(基礎・基盤)」として機能させていく。

それ故に「荒ぶる」ことをやめるにやめられないのが、「4」のホリエモンを見ての感想。

 

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二つの「好き」 (2021.3.9 12:08)

 

好きになる」というのは奇数(動的・混沌・チカラ)的な、つまりは「好き」の瞬発的な発火現象のイメージ。

付き合いたい」というのは偶数(静的・秩序・カタチ)的な、つまりは「好き」の持続的な保存願望のイメージ。

前者でパッと火がついた「好き」を、後者で何度も繰り返し味わっていく。

 

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哲学対話 (2021.3.9 11:38)

 

clubhouseにて最近お気に入りの「哲学対話」のルーム。

発言者一人のみが発言を許され、相槌などもないまま、思考を深めつつ持論を展開していくが、ヒトによっては時間が経つにつれて段々と「7(思考のカオス)」な感じに乱れていくのが、とても貴重な体験に思える。

 

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男女と陰陽 (2021.3.9 11:19)

 

男性性」にも「女性性」にも、それぞれ奇数(動的・混沌・チカラ)と偶数(静的・秩序・カタチ)が共に含まれている。

」にも「」にも、それぞれ奇数(動的・混沌・チカラ)と偶数(静的・秩序・カタチ)が共に含まれている。

そのため「逆数秘術」では、上記のような分け方は用いていない。

 

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善き老い (2021.3.9 1:48)

 

9」には「無為自然」のイメージを与えている。

これは「作為がなく自然のままであること」を指すが、この「作為」には「ことさらに(わざわざ)手を加えること」という意味がある。

ヒトが「作為」に溺れ、そして疲れ果てた先にあるのが「9(無為自然)」の境地であり、それは「善き老い」となる。

 

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妥協点、絶望点 (2021.3.9 1:15)

 

2(言語・物質世界)」に答えを見つけられなかったヒトが「7(思念・精神世界)」にそれを求めていく。

7(思念・精神世界)」に答えを見つけられなかったヒトが「2(言語・物質世界)」にそれを求めていく。

その妥協点としての「9(中庸)」と、絶望点としての「0(虚無)」。

 

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死後の世界 (2021.3.9 0:45)

 

死後の世界を《数》でこじつけるなら?」という宿題をもらったけど、僕にとっては認識の「枠外」にある概念だから、無理にこじつけるなら「虚数(i)」になっちゃうかもね。

でももっと身近な概念として捉えているヒトならば「9(全)」に含めたり、または「9」と「0(虚無)」の間とか言うかも。

 

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労う空間 (2021.3.8 20:46)

 

モノを獲得した自分」で自らの心を埋めていくと、やがて使わないモノだらけの家で暮らすことにもなるし、更には片付けも億劫になることで「こんな空間で暮らす自分なんて…」などと自信を失うことに。

そんなモノを断捨離することで、自らをきちんと「労う空間」を作り出し、自信を取り戻していく。

 

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健気さ (2021.3.8 19:15)

 

子供の幼少期に親がきちんと偶数(静的・秩序・カタチ)を与えない場合、それは「わたしは親から愛されていないのではないか」という焦りを生み、その結果として子供は親の「」を得るために、偶数(静的・秩序・カタチ)まみれな健気さを見せるケースもあるね。

 

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「失敗」を学ぶ (2021.3.8 16:34)

 

1(自尊)」マインドが過度に強いヒトならば、準備も用意も計画もなく、衝動の赴くままに行動するし、当然ながらその分「失敗」も多くなる。

その失敗を大いに懲りさせ、準備や計画に基づく行動を身に付けさせるのが、家庭・学校などの社会構造という《「8(自制)」マインド育成機関》の役割だ。

 

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準備 (2021.3.8 16:17)

 

8」は「準備」がキーワード。

もし自らの「1(自尊)」を過度に抑圧している場合、たとえ目の前に《報酬》が差し出されたとしても「私はまだそれを受け取る《準備》ができていないし、その資格もない」などと断るのが「8」の強いヒト。

自らの「1(自尊)」が赦されたなら、その「準備」は終わる。

 

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「ハイ」と「ロー」 (2021.3.8 13:48他)

 

ハイパフォーマンスモード」の時はそのように生きるし、「ローパフォーマンスモード」の時もそのように生きる。

でもそんな生き方を許してくれない「システムの固さ(冗長性のなさ)」が、社会の側にまだまだあるよなぁ。

僕にとっての「ハイパフォーマンスモード」は「5」だし、「ローパフォーマンスモード」は「4」だね。

調子が悪くても「4(継続)」はそれなりにこなせるけど、逆に「5(刷新)」は難しくなる。

調子が良いと「5(冒険)」はやりやすくなるけれど、その代わり「4(安定)」がつまらなく感じる。

 

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コーヒーカード (2021.3.7 16:29)

 

そういえばコーヒーカードって32枚だけど、これを「生命の樹」における10の「セフィラ」と22の「パス」に対応しようとするヒトがいたりして。

 

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紙一重 (2021.3.6 21:39)

 

7(疑念)」と「2(信用)」は紙一重であり、ほんの少しのきっかけで容易にひっくり返るよね。

いずれも「強い関心を持っている」ということに、変わりはないのだから。

 

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飽きる自分を「赦す」 (2021.3.6 21:19)

 

それにしても僕の「関心」が薄くなることの早いこと早いこと。

その理由は「成長する気があまりないから」という、とても単純なもの。

別な言い方をするならば「すぐに飽きる自分を赦している」ということでもあるなぁ。

まぁなんだかんだ「逆数秘術」だけは続いているけれど。

 

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真逆な自分 (2021.3.6 20:56)

 

確かに「4」には継続のイメージがあるけれど、だからといって「4」のヒトはその言葉に支配されなくてもいいと思うな。

逆数秘術だと「4」のヒトは自動的に「5」も持っていることになるから、別に途中で継続に飽きてもいいし、とんでもない冒険に打って出てもいい。

真逆な自分」でもいいんだ。

 

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やめられない「荒ぶり」 (2021.3.6 14:17)

 

自らの「4(基礎)」をうまく構築できていないヒトが、それをごまかすために他者や社会に対し、やたらと「5(反抗)」で荒ぶるケースもある。

やがて「5」で荒ぶること自体が「4(ルーティン)」と化し、それを自己の「4(基礎)」と仮定義してしまうため、荒ぶることをやめられなくなるパターンだ。

 

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「再定義」のチャンス (2021.3.6 14:02)

 

社会(家庭・集団・組織)というシステムに、自らを適合させることが心底「うんざり」したならば、それは自らの個性を「再定義」するチャンスなのかもしれない。

適合の意義を再び見出していくのか。

それらのシステムからの離脱を図り「変わり者」として生きていくのか。

どちらでも、好きな方を。

 

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二つの「自然体」 (2021.3.6 13:07)

 

自らの中の奇数(動的・混沌・チカラ)と偶数(静的・秩序・カタチ)が中和することで得られる「9(自然体)」はフェーズ1。

そんな「9」と「0(虚無)」が中和することで得られる「9(無為自然)」はフェーズ2。

前者と後者の違いは、「0」との対話を済ませていないか、済ませたかの違い。

 

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ミニマルな生き方 (2021.3.5 21:21)

 

世間の流れとは距離を置き、コツコツかつミニマルに日々を暮らすヒト。

このヒト自身は自らの暮らし方を「4(地味・ありきたり)」と捉えたとしても、世間から見たらこの暮らし方は「5(異色・風変わり)」として捉えられるかもしれない。

立ち位置の違いによる「コントラスト(対比)」の一例だ。

 

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偶数の「責任」 (2021.3.5 20:37)

 

2」は自分や相手との約束を守り、「4」はしっかりとその場に踏みとどまり、「6」は人として恥ずかしくない生き方を選び、「8」は自らを追い込むことで最大能力を発揮する。

普段は便宜上「6」に「責任」のイメージを与えているが、偶数(静的・秩序・カタチ)自体にそれぞれの「責任」がある。

 

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「無神論」と「汎神論」のあいだ (2021.3.5 15:33)

 

「どこにも《神》などいない」という「0(無神論)」。

「全てに《神》は満ちている」という「9(汎神論)」。

この両者の「真ん中らへん」に生きている僕。

つまりは「《神》がいてもいなくても、どっちでもいい」という生き方。

 

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「優等生」を演じる (2021.3.5 15:28)

 

表面は偶数(静的・秩序・カタチ)マインドを駆使し、偶数だらけの社会において「優等生」を演じていく。

でも内面では奇数(動的・混沌・チカラ)マインドを解放し、あまりにも硬直化した偶数社会を「批判的」に罵っていく。

これも一つの「処世術」だが、この「アンビバレント」に心は蝕まれる。

 

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基礎と破壊 (2021.3.4 22:02一部抜粋)

 

普遍的な「逆数秘術」の基礎理論をコツコツと十年以上かけて作ってきた「4」の僕。

そしてそれは、理論の矛盾や使い勝手の悪さを容赦なく破壊・刷新する、逆数「5」マインドの手助けあってこそ。

 

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検証ベースのスピリチュアル (2021.3.4 17:47)

 

自らの「霊能(感じる・視える・聞こえる)」をそのまま信じるのではなく、様々な内的要因(感覚の誤作動等)や外的要因(環境の変化等)を排除し、それでも残ったその現象に対し「最も収まりのよい(仮説的)概念」として「霊能」の語を与えていくスタイル。

検証」ベースとは、こういうことだね。

 

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「スピリチュアル」もいろいろ (2021.3.4 17:09)

 

「スピリチュアルをきちんと考察していこう」という「7(検証)」派。

「考えず、疑わず、ただ信じ繋がっていこう」という「2(信仰)」派。

「リラックスできるなら、なんだっていいさ」という「9(鷹揚)」派。

スピリチュアル」にも、いろいろあるな。

 

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分人 (2021.3.4 14:55)

 

『ほんとうの構造主義』p245に出てくる「分人(dividual)」という概念は、まさに「逆数秘術」で言いたいことそのものだなぁ。

 

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畏れ (2021.3.4 14:51)

 

自然を「偉大」なものとして捉えることも「畏れ」だし、その反対にヒトを「卑小」なものとして捉えることも、相対化した「(自然への)畏れ」であるともいえるね。

 

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二元性 (2021.3.4 14:34)

 

「新大陸先住民の神話においては、「あらゆる単一性は、その内に二元性を含んでいる」。」
(『ほんとうの構造主義』p241)

レヴィ=ストロースのこの言葉は、奇しくも「逆数秘術」理論の根幹を支えてくれるかのようだね。

 

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「答え」の情緒化 (2021.3.4 14:13)

 

事実や真実の持つ「多解釈性」により、容易に「答え」が見つけられなくなったからこそ、ヒトは自らの感情による評価を「答え」にしている印象。

 

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「愛」の向き (2021.3.4 13:11)

 

3(奔放・自己愛)」とは、自分自身に対して「6(配慮・他者愛)」を行うこと。

6(配慮・他者愛)」とは、他者の「3(奔放・自己愛)」を認めてあげること。

 

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サファリパーク (2021.3.4 11:32)

 

4(安全)」があるからこそ「5(冒険)」を存分に楽しめる。

5(冒険)」をするからこそ「4(安全)」の価値に気づける。

 

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良い「聞き手」 (2021.3.4 11:20)

 

良い「2(聞き手)」がいると「7(哲学する)」もスムーズになるね。

ちなみにここでの「2(聞き手)」とは、ただ「聞く」だけではなくて、聞いた話を適宜「要約」し、明確に「言語化」してくれる存在。

そしてそれは他人でもいいし、自分の中に作ってもいい。

 

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握手 (2021.3.3 22:17)

 

7(孤独)」とは、自分との「2(握手)」。

 

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頑張れない自分 (2021.3.3 15:04)

 

夢に向かうことに疲れたっていいんだよ」などと、頑張れなくなった自らを赦せたなら、それも「9」マインドへの入口。

 

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陰口 (2021.3.3 12:32他)

 

口臭がキツい先輩に対し「先輩、口臭いっスよ」と言うのが「3(奔放)」マインド。

「良かったらキャンディいかがですか?」と気を遣うのが「6(配慮)」マインド。

人間関係というコスモス(秩序)を意識するあまり、カオスに振り切れないヒトは、「3」マインドを「陰口」という形で使うイメージ。

3(奔放)」マインドを使って相手にストレートに言う勇気がないため、仲間内で「陰口」という形で自らの「3(カオスの感情)」を発散するケース。

問題なのは、この「陰口」が不運にも相手に伝わってしまった際に、直接面と向かって言った時よりも相手にダメージを与えることがある、ということ。

 

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感情を「眺める」 (2021.3.3 9:13)

 

自らの感情の動きに向き合い続けることで疲れ果てた時、ようやくにして「9(ぼんやり)」マインドが訪れて、自らの感情をニュートラルに「眺める」ことができるようになる。

「私、悲しんでいるのかぁ、そっかぁ」

「私、怒っているのかぁ、そっかぁ」

感情の海にぷかぷかと漂うイメージだ。

 

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第一環境 (2021.3.3 8:36)

 

今日は3月3日のひな祭り。

6(配慮)」でもダブルの「3(奔放)」でも、好きなように読むといい。

「どうかこの子が慎ましやかで、親切心豊かな子になりますように…」

「どうかこの子がわんぱくで、のびのび楽しむ子になりますように…」

親の望みこそが、子の性格を決める「第一環境」となる。

 

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政治力学 (2021.3.3 8:09)

 

「きちんと《個人》として認識して欲しい」

「私の《個性》をもっと際立たせたい」

これらの思いが当人に「隣(周り)とは異なる《数》」を発揮させるきっかけとなる。

個人間、個人と集団との「政治力学」が、当人の「性格」という「環境からの刺激に対する反応パターン」を作り出していく。

 

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双子 (2021.3.3 8:03)

 

例えば同じ「4」の双子がいたとする。

片方は親からの言いつけに対して「4(規範)」的にルールを守るが、もう片方は自らの「個性」を際立たせたいあまり、真逆の「5(反抗)」を用いてルール破りをあえてすることもある。

双子間の対抗意識が、個性の「コントラスト」を成立させるイメージだ。

 

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圧抜き (2021.3.2 20:18他)

 

家庭内において過度に偶数(静的・秩序・カタチ)的な自制を余儀なくされている子供が、学校にて暴言・暴力などの過度に奇数(動的・混沌・チカラ)的な衝動を発揮するケース。

過度な「抑圧」によって自らの心を壊し尽くさぬよう、自動的に過度な「暴発」をすることで「圧抜き」をしているイメージ。

学校では過度に偶数(静的・秩序・カタチ)的な自制心を発揮し、優等生的な評価を受けている子供が、家庭内では親に暴言・暴力という過度に奇数(動的・混沌・チカラ)的な衝動を発揮するケース。

これも「圧抜き」といえる。

 

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日和見菌 (2021.3.2 14:16)

 

腸内の善玉菌・悪玉菌の優勢な(多い)方に味方する「日和見菌」。

腸内細菌の約七割を占めるこの細菌の性質は、ある意味「9」的ともいえる。

それは「環境に流されることで自らの生存率を高める戦略」であり、奇数(動的・混沌・チカラ)にも偶数(静的・秩序・カタチ)にもなれる「9」ならでは。

 

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ピュアな「問い」 (2021.3.2 13:46)

 

子供が持つピュアな「7(問い)」を、自らのチカラで調べ考え、やがて「2(答え)」にたどり着いていく。

大人はただそれを見守り、必要に応じて助言をするだけ。

子供の持つ「7(問い)」のチカラを、大人はもっと信じてあげても良いのかもしれない。

 

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ホームスクール (2021.3.2 13:35)

 

テレビで「ホームスクール」について取り上げている。

子供自らの好奇心や向上心に委ね、自主性を重んじる教育。

こういう奇数(動的・混沌・チカラ)的な教育スタイルが社会に広く認められれば、既存の偶数(静的・秩序・カタチ)過多社会の「均質圧」に苦しむ親子がもっと救われていくのかもね。

 

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高級品(2021.3.2 13:11)

 

占い鑑定ってそれなりに「高級品」だったりするから、デパ地下みたいに「試食としての無料鑑定」を用意するのはアリだと思ってる。

クオリティは変えず、分量だけ「超コンパクト」にまとめるイメージ。

そのサイズに要点をまとめる苦労を重ねれば、鑑定力はみるみる向上していくはずだよ。

 

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悩む自分、怒る自分 (2021.3.2 12:33)

 

いつも悩んでいる(怒っている)自分」などというものを、自らの「アイデンティティ」として定義すると、悩みや怒りを捨てることへの「恐れ」を抱くこともあるね。

そうなると「あなたにこの悩み(怒り)が分かってたまるか」みたいに反発したりする。

だから疲れ果てるまで悩み、怒るといいよ。

 

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反面教師2 (2021.3.2 12:06)

 

あまりにも「1(衝動的)」で「3(享楽的)」で「5(破壊的)」で、そして「7(懐疑的)」なヒト。

著しく奇数(動的・混沌・チカラ)なヒトの存在が、反面教師として偶数(静的・秩序・カタチ)社会の強化に用いられていく。

そんな偶数社会の圧力が、奇数なヒトを更にカオスへと駆り立てていく。

 

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反面教師 (2021.3.2 11:38)

 

たとえどんなに恥ずかしい「3(享楽)」な生き方でも、誰かにとっての反面教師となり「6(摂生)」のきっかけとなるならいいね。

 

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役に立つ「0」 (2021.3.2 2:54)

 

逆数秘術だと「個人年数(PY)」は「逆数」と合わせて読んでいくから、例えば「9(自然の流れに委ねる)」の年だと「0(全てを消したくなる虚無感)」も、もう一つのテーマとして寄り添ってくるイメージ。

でも「0」があるからこそ、今までの凝り固まったセルフイメージのリセットができたりする。

 

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ゆとりのない教育 (2021.3.2 1:29)

 

一人一人の「7(問い)」に丁寧に向かい合い、時間をかけてより良い「2(答え)」へと導く教育。

でも時間も手間も惜しむあまり彼らの「7(問い)」には向き合わず、画一的な「2(答え)」のみを与えて、徹底的に覚えさせるケースも。

この場合「7(問い)」は「授業進行の妨げ」と扱われがちだ。

 

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眩し過ぎる空間 (2021.3.1 21:28)

 

僕が好むのは「9(鷹揚)」な空間。

つまり「明るく生きたって、暗く生きたって、どっちでもいいよー」的な空間。

だから「みんなで明るく生きよう!」的な「肯定空間」にいると、それ自体にある種の「同調圧力」を感じてしまう。

眩し過ぎるんで減光してもらえませんか?」などと言いたくなる。

 

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ミュート (2021.3.1 20:50)

 

「私のこの「7(荒ぶる思考)」マインドを徒らに刺激されたくないから、不必要な情報はシャットアウトするし、そもそも必要な情報はこちらから取りに行くから」

そんな理由でツイッターの「ミュート」機能を活用する「7」なヒトもいるね。

 

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リアルな実感 (2021.3.1 16:09)

 

ヒトは《リアルな実感》体験を数多くしていくことで幸福感を味わうことができる」という考え方。

これは幸福感だけではなく、それと同じくらいの「不幸感」を味わう可能性も含む。

こういった価値観から少し離れてみることが、実感が「ぼんやり」しやすい「9」なヒトにとっては必要かもしれない。

 

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ぼんやり感 (2021.3.1 15:59)

 

9」なヒトの持つ「ぼんやり感」は、様々なものの実感を「ぼんやり」とさせていく。

これは「悩みや苦しみがうまく《はっきり》させられない」という悩みや苦しみの元ともなるが、それらをあまりにもリアルに実感しているヒトからすれば、きっと羨望の的となるのかもしれない。

 

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序数 (2021.3.1 14:58)

 

そういえば「逆数秘術」においては、いわゆる「序数(順番)」的な扱いはしなくなったなぁ。

以前は「1」の次は「2」、「2」の次は「3」…などと「序数」的に扱うことで、人間の成長過程等を説明していたけれど、最近ではそれを用いなくなったね。

9(全)」に生まれ、「9(全)」に還るイメージ。

 

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叫べる「場」 (2021.3.1 14:43)

 

あいつはホントにムカつく!」などと叫ぶ「3」マインド。

そんな風に悪く言ってはダメ」などと叱る「6」マインド。

自分の中で、この両者を争わせて精神を消耗するくらいなら、自らの「3」を発露できる「」を作った方が精神衛生上良い。

SNSがそういう「」になりやすいのも無理はないのだ。

 

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発散する「カオス」 (2021.3.1 14:34)

 

3(奔放・表現)」には「愚痴」や「悪口」「嘲笑」のイメージも含まれる。

これらは「6(配慮・自粛)」が優位な集団においては大いに嗜められる行為だが、気心の知れた仲間内であれば、むしろ「コミュニケーション円滑化ツール」として利用できる。

カオス」を発散できる場はとても貴重なのだ。

 

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象徴哲学への回帰 (2021.3.1 12:02)

 

そういえば「逆数秘術」の転機って「占いとしての数秘術に見切りをつけた」瞬間だったのかも。

正直言って、数千年前から占い技法として極められた、占星術や易学には到底敵わないわけで。

だから現代数秘術の数のイメージを用いつつ、ピュタゴラスの「象徴哲学としての数秘術」まで回帰した感じだ。

 

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わかりやすさ (2021.3.1 2:25、一部改変)

 

自らの「7(非言語《イメージ》思考)」を、みんなが「2(言語的思考)」として扱えるように「翻訳」を試みる。

多くの人に共通する用語や定義を用い、文法や語順にも気を配り、妥当な関連付けを心がける。

こうしてできた「2」な文章は、とても「わかりやすい(ありきたりな)」ものとなっていく。

 

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とてつもない発想 (2021.3.1 2:10)

 

一度取り入れた言葉や、秩序立った映像や図表などが、全て自らの中でバラバラに「抽象化」され、それが「7(非言語《イメージ》思考)」のベースとなっていく。

通常なら隣り合うことがないはずの概念同士が、内なるカオスの中で接近することで、常識離れした「とてつもない発想」の源となっていく。

 

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シュルレアリスム (2021.3.1 1:47)

 

「口頭、記述、その他のあらゆる方法によって、思考の真の動きを表現しようとする純粋な心的オートマティスム。理性による監視をすべて排除し、美的・道徳的なすべての先入見から離れた、思考の書き取り」

ブルトンの「シュルレアリスム」の定義は「7(非言語&カオスな思考)」を取り出すイメージだ。

 

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