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数秘術関連等ツイート(2016年2月分)

 

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孤独でいるために (2016.2.29 16:54)

 

7」という「独りでいることの豊かさ」を真に味わうためには、逆数である「2」を満たす必要がある。

つまり自らの中の「7(検証)」機能を闇雲に働かさなくて済むような、ごく一部の他者や身近な環境への揺るぎない「2」という「信頼(自他の強固な関連付け)」が孤独の恐怖を弱めてくれる。

 

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人生どうする? (2016.2.29 15:59)

 

3」マインドが話す「人生はなんとかなる!」は人生をポジティブに捉えた末の楽観論

6」マインドが話す「人生なんとかせねば!」は人生をネガティヴに捉えた末の危機論

9」マインドが話す「人生はなるようになる」はポジもネガも多く経験した末の運命論

 

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ニヒリズムを赦す (2016.2.29 11:09)

 

自らの中の「0(ニヒリズム)」ですら、その存在を赦してあげることが「9」マインドの真骨頂かもね。

全てのものに意味はない」とする「0」とはつまり、「全てのものにはあらゆる意味を与えられる」とする「9」へとひっくり返せるということなんだ。

 

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それぞれの「自」 (2016.2.27 16:04)

 

それぞれの「」。

1」:自尊
2」:自他
3」:自在
4」:自重
5」:自由
6」:自粛
7」:自問
8」:自律
9」:自然
0」:自棄

 

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まるで「原子炉」 (2016.2.26 21:42)

 

8」には「圧縮」の象意があるけれど、「8」の中には逆数「1」という衝動性や本能がぎゅうぎゅう詰められている。

偶数だけあって表からはいたって静かに見えるけれど、その内側では行き場を失った「1」が激しくぶつかり合っている。

喩えるなら「原子炉」のような高エネルギー体なんだ。

 

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トレードオフ (2016.2.26 8:13)

 

1」は外へと向かうチカラであり、未来へと向かうチカラ。

7」は内へと向かうチカラであり、過去へと向かうチカラ。

1」と「7」とはトレードオフの関係となり、一方が強まるともう一方は弱まっていく。

そんな両者の真ん中で引っ張られる「4(現在)」は正に不動のカタチとなる。

 

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全額返金 (2016.2.25 23:13)

 

これだけ巷に占い師があふれている時代ならば、そろそろ「占いが外れたら全額返金します!」などという謳い文句が出てきてもいい頃だが。

 

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10個に集約 (2016.2.25 23:05)

 

世界中に散らばるあらゆる「言葉」を「0」から「9」までのたった10個の「数」に集約することができたなら、そしてそれをコミュニケーション手段として用いるにいたったなら、ヒトは微細な表現を喪う代わりに「原始のシンプルさ」を得られるのかもしれない。

 

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ご随意に (2016.2.25 17:46)

 

僕にとって「逆数秘術」とは「森羅万象を自分なりに再解釈するためのツール」であるだけなので、正直言って人様を占うとか救うとか導くとかは割とどうでもいい。

ただ僕の「逆数秘術」に触れることで、何かしらに「気づく」人がいるのであれば、それについてはどうぞご随意にという感じである。

 

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メッセージ (2016.2.25 14:57)

 

当人が得た「メッセージ」を独自に解釈し、それを行動に移した際には「正誤」という評価が現れる。

しかし、解釈する前の純粋たる「メッセージ」に「正誤」の評価は存在しない。

メッセージ」というオリジナルは、それ自体が既に「十全」なんだ。

 

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シーソーゲーム (2016.2.25 12:44)

 

ヒトは自身の中にある奇数性と偶数性のシーソーゲームを繰り返すことで、偶奇両有の「9(全)」の境地へと近付いていく。

すると今度は「0(虚無)」とのシーソーゲームを繰り返していくこととなる。

そのゲームの果てに「0」は「9」との和解を果たし、穏やかな「9」の境地へと至る。

 

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懲りる (2016.2.25 12:26)

 

自らの「」の性質を発揮して痛い目に遭った人は、懲りたあまり「逆数」へと一気に傾いていく。

奇数で懲りたら偶数へ。
偶数で懲りたら奇数へ。
9」で懲りたら「0」へ。

すると「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」の如く、過度に「逆数」の性質が増すことによる問題が生じる。

 

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狭く浅く (2016.2.24 21:28)

 

個人的に人間関係は「狭く浅く」が一番ラクだな。

 

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「偏差のある」状態 (2016.2.24 21:25)

 

統計という手法の場合「偏差のない」状態が標準扱いされるわけだ。

でも実際にはむしろ「偏差のある」状態の方が標準なんじゃないかと思う。

少なくともその「偏差」の理由や機序が科学的に説明できないのであれば、徒らに一喜一憂する必要はないよ。

 

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「偏り」の中から探す (2016.2.24 21:16)

 

「誕生日で人生は変わるのか!?」というテーマの番組を観ている。

それぞれの「」が統計という手法により、やや乱暴に「偏り」という形で集約されていく。

これにより出されたデータの中にもはや「」は存在しないが、そんな「偏り」の群れの中にヒトは自らの「」のカタチを探し求める。

 

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その愛に「報酬」を (2016.2.24 19:55)

 

僕は「6」という数に「有償の愛」や「返報性」という象意を与えている。

愛とは無償のものであるべきだ」という考え方に自らを追い込むよりも、「いや、真剣に愛するからこそきちんとした『報酬』をもらってもいいんだ!」ということの大切さに気付かせてくれるのが「6」という数なんだ。

 

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鈍さ」は救い (2016.2.24 19:38)

 

4」的な人の持つある種の「鈍さ」とは、逆数「5」という発作的な破壊衝動を発揮させないようにする無意識的な生存戦略であり、平和戦略なのかもしれないね。

その「鈍さ」で救われている「自分」がきっといるはずだよ。

 

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まずは四分類で (2016.2.24 14:12)

 

森羅万象を「1」から「9」、そして「0」という10個の数でこじつけていくことが数秘術体得の近道ではある。

もしそれが大変であれば、奇数(動的・混沌・チカラ)と偶数(静的・秩序・カタチ)、そして偶奇両有の「9(全)」と偶奇無有の「0(無)」の4つに分類してみてはどうだろうか。

 

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興じる・益する (2016.2.24 13:29)

 

9(ナチュラル)」の中にある「興じる」を際立たせれば、それは「3(アート)」になる。

9(ナチュラル)」の中にある「益する」を際立たせれば、それは「6(デザイン)」になる。

そんな「3」と「6」は共に世界の中で混じり合うことにより、再び一つの「9」へと戻っていく。

 

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魔女 (2016.2.23 23:15)

 

魔女」から「ジェンダー」を取り除いて、ことごとく「魔法使い」にしていくという簡単なお仕事ならやってみたい。

 

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四年に一回 (2016.2.23 18:53)

 

今年は四年に一回の閏年だけど、2/29と3/1の両日は数秘術における「個人日数(パーソナルデイナンバー)」が同じ数となる。

今年ならば2/29も翌日3/1も共に個人日数「4」となる。

二日続けて同じ数となる組合せはこの両日しかないから、存分に堪能してください。

 

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容易にひっくり返る (2016.2.23 8:42)

 

そもそも「逆数」とは表裏一体の存在であり、ひょんなことから容易にひっくり返ることもある。

7」マインド全開で概念をいじくり回していた人が、ある日を境に突然「2」マインド全開となり万事を明確な言葉でバシバシと定義していくこともあるし、逆もまた然り。

ヒトはすぐに変われる。

 

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恐れ (2016.2.23 8:32)

 

7」には逆数「2」への恐れ、つまり安易に「言語化」することへの恐れが眠っている。

2」には逆数「7」への恐れ、つまり煩雑に「概念化」してしまうことへの恐れが眠っている。

言葉」というコスモスの恐ろしさを知る「7」と、「概念」というカオスの気持ち悪さを知る「2」の違いだ。

 

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概念と言葉 (2016.2.23 8:25)

 

知のカオスである「7」は形の無い「概念」を真剣に考え続け、知のコスモスである「2」は「言葉」を用いてそれに明確な形を与える。

カミ」という概念について問い続ける「7」マインドと、それに「」という言葉を与えて固定化する「2」マインドの違い。

 

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諸説あり (2016.2.22 20:32)

 

あの「チャクラ(cakra)」だって、「7(6+1)輪」「6輪」「4輪」「8輪」などの諸説があるわけだから、まぁそうムキにならなくてもいいよ。

数秘術」だってそう。

 

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その数のおかげ (2016.2.22 20:04)

 

いろんな手法の数秘術があるけれど、まずは「自らの数を受け容れる」ことがとても大切なんだろうな。

その数のせい」と捉えるのではなく「その数のおかげ」で私は私でいられるというように捉えていく。

自らの数を敵とせず、頼りがいある味方として遇していくといいかも。

 

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極まれば「逆」へ (2016.2.22 14:34)

 

フロンティアマインドで邁進する「1(ベクトル)」が極まれば、意図せずとも自然に「8(コントロール)」性が宿り、人々はまるで操られたかのように従い始める。

マネジメントマインドで万事を御する「8」が極まれば、意図せずとも自然に「1」性が宿り、明確な方向性と強力な推進力が生まれる。

 

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「革命」というカオス (2016.2.21 22:08)

 

5(革命)」とは「4(伝統社会)」から「6(理想社会)」へ至る道程の中間に存在する強大なカオス

つまり「5」とは、使い古されて固くなった「4」への抵抗運動でもあり、青写真通りの美しく皆のためになる「6」を作る手段でもある。

偶数(コスモス)を変えるための奇数(カオス)だ。

 

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諦めることを諦める (2016.2.21 20:55)

 

9」マインドの究極は「諦めることを諦める」だと思う。

力づくで諦めることを諦めた時、「9(無為自然)」の境地がふらりと近付いてくる。

 

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周りからアプローチ (2016.2.21 13:10)

 

自らに足りない「」の要素を増やすためには、その「」に直接的にアプローチしていくよりも、その周りの「」(逆数・補数・隣接数など)からアプローチしていく方が近道だったりするね。

 

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自己肯定感 (2016.2.20 23:32)

 

2(深く繋がれる人物)」と「4(落ち着ける場所)」にうまくめぐり合えれば、真ん中にある「3(自己肯定感)」はすくすくと育っていく。

 

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「表現力」を育むもの (2016.2.20 23:26)

 

2(観てくれる人との関係)」と、「4(安心して取り組める場)」に恵まれれば、両者の間にある「3(表現力)」はぐんぐんと育っていく。

だから「3」を育てようとするならば、両隣の「2」と「4」を先に育てていく方が早いかもね。

 

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「1」という「私」 (2016.2.20 12:07)

 

」が「」であるということは既に自明であり、そんなことを「」以外の何かを用いて証明・定義する必要などない。

いや、「」以外の全てのものは、みんな「私の世界」にあるものだから、世界の全てが「」そのもの。

つまり世界とは「」の反映の全て。

…これが「1」という数性。

 

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「8」とは「克己」 (2016.2.20 11:15)

 

一桁の偶数(静的・秩序・カタチ)のうち最大の数である「8」とは、すなわち己の中の逆数「1(衝動・欲望)」の完全支配を試みる「克己」そのもの。

強固なまでの「意志」を用いて、自らの「コスモス(秩序)」を取り戻そうとする働き。

8」があるからこそ、ヒトは「人間」になれる。

 

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ケモノだから (2016.2.20 10:58)

 

闇雲に「8(理性)」でガチガチにセルフコントロールする前に、自らの「1(獣性)」を大切にしていきたいね。

ヒトはヒトである前にケモノだから。

 

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わざとらしい「自我」 (2016.2.20 10:41)

 

自我」とは自身と他者との間の境界線があってこそ、はっきりと認識できる。

この境界線が薄っすらと霞んでしまうのが「9(忘我・無我)」の強い人。

だからこそ「9」的な人の中には補数「1」を駆使して「自我」をわざとらしいまでに濃くする人もいる。

自分が消えてしまわないように。

 

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大人への階段 (2016.2.19 20:04一部改変)

 

自らの「」を怖れることなくアクションを起こすことの大切さを教えてくれるのが「3」という数。

周りに「」と思われないように自らをコントロールしていくことの大切さを教えてくれるのが「6」という数。

3」と「6」を交互に歩むことで、大人への階段をゆっくりと上がっていく。

 

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「性」による分類 (2016.2.19 11:59)

 

奇数は男性性偶数は女性性を表す、という分類も可能といえば可能だし、その分類がしっくりくる人もいるだろう。

しかし今までは強く固定化されてきた「」という概念が流動化し始めた昨今においては、何も無理に「」で分類する必要はないのではなかろうか。

少なくとも僕には必要ない。

 

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壁から作る土台 (2016.2.19 10:00)

 

偶数(静的・秩序・カタチ)であり、四大元素の「」にあたる「4」は正に「土台作り」の数。

でも土台作りの前に四方に「」を作っておかないと、盛った土がはみ出してしまう。

まずは小さめに範囲を区切り、その中での結果を着実に達成できれば、出来上がった土台が今後の自信につながる。

 

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表意文字 (2016.2.19 9:45)

 

数字を「表意文字」として扱うことは数秘術の第一歩だね。

 

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「例える」は慎重に (2016.2.19 8:14)

 

自らの考えを相手に理解して欲しいと思うあまり、いろんな「例え」を用いて説明する行為。

しかし説明相手を強く意識するあまり、今度は「例えとして用いられた人や組織」への配慮がごそっと抜け落ちることもある。

何かに「例える」時こそ慎重に。

 

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「6」を痛感する (2016.2.19 8:02)

 

喜怒哀楽もそのままに、思ったことをズバズバと口にする…このような「3」的アクションでのし上がった人の中には、そんな「3」がいつでもどこでも武器として通用すると勘違いする人もいる。

そんな人は今度は「3」で大失敗し、「6」という「言葉を慎み相手を思いやる」ことの大切さを痛感する。

 

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「○の人」・「○な人」 (2016.2.18 20:56)

 

たとえば【「4」の人】と書くと、その人の「4」性は絶対に動かせない固定資産のように感じられる。

でも【「4」な人】と書くと、その時たまたま「4」性をまとっているだけであり、他の数へと動いていく可能性を感じることができる。

僕は数秘術を用いる場合、後者の考え方を大事にしている。

 

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「6」を超えていこう (2016.2.18 15:13)

 

偶数(静的・秩序・カタチ)である「6」は「美学・均質・効率・有益性・デザイン」などのイメージを持つ。

でも「6」が強過ぎると「うまく出来るまでは恥ずかしくて人前に出せない」とか「役に立たないものを作ってもしょうがない」などの意識も強くなってしまう。

そんな時こそ逆数「3」だ。

 

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「3」を活かそう (2016.2.18 13:54)

 

奇数(動的・混沌・チカラ)である「3」は「生産・表現・遊興・アート」などのイメージを持つ。

まずは創り出してみる。
みんなに知ってもらう。
作ってみてから考える。
のびのびと自由に表す。
遊び感覚でトライする。

これらの「3」を活かして、ダイナミックに感情を躍らせてみよう。

 

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ラッキーアイテム (2016.2.17 23:05)

 

ラッキーアイテムを落として壊してしまい「あぁ…なんてアンラッキーなの…」と落ち込むヒト。

初めからラッキーアイテムを持たなければ、そんな落ち込みとはおさらばできるよ。

さぁ、その「ラッキー」も断捨離しよう。

 

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子供とつなぐ手 (2016.2.17 8:34)

 

子供とつないでいた手を離すことで、子供の自主性を重んじ自由にのびのびと遊ばせてあげるのが「3」のイメージ。

子供とつないでいる手を更にギュッと握りしめることで、不意な事故に遭わないよう子供を大切に守るのが「6」のイメージ。

 

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いろんな「結婚」 (2016.2.17 8:25)

 

2(約束)」としての結婚。
4(慣習)」としての結婚。
6(倫理)」としての結婚。
8(義務)」としての結婚。

あなたにとっての「結婚」は何だろう?

 

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契約不履行議員 (2016.2.17 8:20)

 

不倫議員の辞職について様々な意見があるけれど、結婚という「契約」すら満足に守れない者が、国家・国民との「契約」を守れるとは思えない、というのが自然な見方だろうな。

 

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アニー・ベサント (2016.2.16 22:36)

 

4」のアニー・ベサントの生涯をさらっと撫でてみた。

自らを囲み閉塞する「4(壁)」に風穴を開けるかのように、逆数「5(自由・抵抗・破壊・刷新)」の大嵐を体現し続ける。

その結果として出来上がったのは、自分色に染め上げられた頑丈で分厚い「4」。

4」→「5」→「4」の旅。

 

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働かない働きアリ (2016.2.16 21:30一部追加)

 

働かない働きアリは集団存続に必要であり、働きアリだけでは滅びる」との新聞記事。

効率を重視し、強い責任感を持ってお役に立っていく「6」だけではなく、リラックスモードの「3」もいてこそ「9(全体)」が成り立つ。

 

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「来る」も「去る」も無い (2016.2.16 20:54)

 

来る者拒まず、去る者追わず」とは実に「9」的な姿勢だ。

初めから奇数も偶数も、全ての数を内包しているワンネス的な「9」にしてみれば、来る者は初めからその世界に居続けているし、去る者ですらずっとその世界に居続ける。

常にその世界に居るわけだから、「来る」も「去る」も無いんだ。

 

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音楽で自分を守る (2016.2.16 17:30)

 

周囲の会話に自身の頭や心をかき乱されないよう、どこへ行くにもiPodを手放さない「7」のオカン(81歳)。

7」という懊悩機能で苦しむ人の中には逆数「2」的な癖、つまりどんなに無関係のものであっても自らと強固に関連付けてしまう人もいる。

音楽と繋がることで自らを守るんだね。

 

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星座 (2016.2.16 14:39)

 

夜空に輝く星々という光点を「」でつなげていくことにより、星座という「象(かたち)」が生まれ、そして神話からなる「意(ものがたり)」が与えられ、最終的にそれは「象意(イメージ)」となる。

2(線)」によって個々の事物をつなげ合わせることで、ヒトの生はもっと豊かになっていく。

 

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クレジット (2016.2.16 14:29)

 

クレジット(信用)カード契約の際、カード会社は申込者の氏名・住所・勤務先・年収、更には借入状況など実に様々なことを確かめる。

ここまでの「7(検証)」を受けることで始めてカード会社から「2(信用)」を与えられる(与信)。

人からの検証を素直に受け入れることで本当の信用を得る。

 

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どっちも必要 (2016.2.16 13:28)

 

自らの定義付けや自らの行為の意味付けを考え続ける、つまり「7」で苦しむ人にとっては、「2」という強固な関連付けや分類が救いになることもある。

逆に「2」で苦しむ人にとっては、「7」が救いになるかもしれない。

だからこの二つの善悪を問うこと自体、正直言って意味をなさないと思う。

 

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意味付けの鎖 (2016.2.16 10:49)

 

逆数の「7(検証)」を否定せず自在に駆使できるようになった「2」ならば、相手の思い違いにより強固に結び付いてしまった「意味付けの鎖」を解く手伝いも可能となる。

もちろん解きっぱなしだと今度は「7」という思考のカオスで苦しむことになるので、別の何かに結び付けて落ち着かせる。

 

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意味」を与える救い (2016.2.16 10:19)

 

数秘術本だと「2」はよく「サポーター」向きの数と書かれているが、繋ぐと分ける、二つの「」を意味する「2」だからこそできるサポートがある。

それは相手の抱える関係性や別離などに特定の「意味」を与えることができること。

意味」を与えることで相手の心は安定へと向かい始める。

 

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占い師の人格 (2016.2.16 9:29)

 

占いがただ未来予知のみで済んでいた頃は占い師の人格の善し悪しは大して問われなかっただろうけど、占いがヒトの心を取り上げ始めてからは占い師の人格の善し悪しが大きく問われることになったんだろうな。

 

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小言 (2016.2.15 16:02)

 

つまり「小言」とは「6(教え諭す)」ではなく「3(素の感情の発露)」というわけだね。

 

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フロイトとアドラー (2016.2.15 16:00)

 

人間を動物的存在であると捉えたフロイト心理学。

人間を社会的存在であると捉えたアドラー心理学。

つまりフロイトは人間を「奇数的」に、アドラーは人間を「偶数的」に捉えたわけか。

でもこれは人間の持つどちらの面を重視し光を当てるか、というアプローチ法の違いなだけだね。

 

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先生 (2016.2.15 13:49)

 

先生を先生たらしめるのは、ただ「教える」というその行為のみ。

だから変に先生ぶる必要はないよ。

 

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ノイズ (2016.2.14 22:22)

 

社会が「6」という節度や倫理観、奉仕精神などで満たされることで、社会はより「美しい」ものとなる。

しかし、この「6」が濃くなると同調圧力や均質化などによって、社会の構成員である各個人の自由や個性が奪われていく。

やがて個性自体が「美しい」社会にとっての「ノイズ」扱いとなる。

 

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日本人の「美しい」 (2016.2.14 21:34)

 

司馬遼太郎の番組の二日目。

人として恥ずべきことをしない「名こそ惜しけれ」の精神、そして国や地域のために尽くさんとする「公の意識」の発達。

武士の勃興により、日本人の中の「6(節度・奉仕)」性が大きく花を咲かせていったというわけか。

つまり、そうすることが「美しい」のだ。

 

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どんな「数」も自分事 (2016.2.14 15:14)

 

僕は普段特定の「」についてつぶやいているけれど、これは決してその「」の人限定のつぶやきではないからね。

そもそも一人のヒトの中には全ての「」の要素が内包されているわけだから、どんな「」の話でもそれは全て自分事として吸収してもらいたいよ。

じゃなきゃもったいないでしょ。

 

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大事なのは「記す」 (2016.2.14 14:47)

 

1」の本懐とは未来という白紙に「」を記す行為自体であり、断じて記した「」を未練たらしく残すことではない。

消えようが、かすれようが、そんなことにお構いなく「」を記し続ける真っ直ぐな運動こそが奇数王たる「1」の本懐。

大事なのは「」ではなく、「記す」というアクション。

 

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慢心 (2016.2.14 12:03)

 

数秘術とはイメージをまとった数で森羅万象を「こじつける」ものだということをきちんと理解しておかないと、きっと大いなる慢心を招くだろうね。

 

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消えていく「動機」 (2016.2.13 21:54)

 

奇数でも偶数でも、様々なものが混じり合って出来上がるのが「9」という多様性

しかしそれも溶け合い過ぎることで、今度はそれぞれの「」を構成してきた「差異」が失われていく。

それはもはや「9」ではなく逆数「0」への転化となり、様々なアクションの「動機」を失うことにもつながる。

 

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混じり合う「異」 (2016.2.13 21:36)

 

今日の司馬遼太郎の番組が教えてくれるのは日本人の、特に宗教における「9」性。

それは「ごった煮」でもあり「ちゃんぽん」でもあり「無頓着」でもある。

様々な「」が混じり合い溶け合うことで境界線が薄らぎ、やがて「」を「」であると定義できるものですらぼんやりと消えていく。

 

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道具による支配 (2016.2.13 15:35)

 

お金というツールと階級というシステム、どちらも「8(コントロール)」のために必要とされているもの。

でもこの両者を得ること自体が目的となってしまえば、これらを得て、更に増やし、高めていくための無限のレースが始まる。

コントロール」のための道具に自らがコントロールされる一生。

 

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観察と洞察 (2016.2.13 14:43)

 

2(観察)」の第一歩とは、自身(観る者)と他者(観られる者)という関係性を構築し(繋ぐ線)、更にその両者を別々の存在としてきちんと切り分ける(分かつ線)こと。

そして、その二つの「線引き」の整合性をきちんと確かめていくことが「7(洞察)」の第一歩。

 

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ジャイアンの暴力性 (2016.2.13 13:20)

 

ジャイアンの持つ暴力性が「個性」ではなく「障害」として扱われるようになるのはいつかな。

 

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スリーステップ (2016.2.13 10:44)

 

‖昭圓箸隆愀言を強めんがために対話やリプライを試みる「2」の「繋ぐ線引き」。

◆峩気を読めていたかな?」とか「クソリプと思われていないかな?」などという自問自答に疲れ果てる「7」の「反芻検証」。

もう積極的に関わらないことで心の平穏を取り戻す「2」の「分ける線引き」。

 

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無為」を赦す (2016.2.12 11:09)

 

自らが、そして世界が「無為」であることを認め(目を背けない)、更に赦す(ジャッジもしない)ことができるようになれば、それはもう偶奇両有である「9」の境地に至ったということなんだろう。

でもこの境地、一歩誤ると逆数「0(虚無)」というブラックホールへと一気に吸い込まれていく。

 

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「2」+「7」=「9」 (2016.2.12 10:07)

 

自らを他者と結び付ける「」は、同時に自らと別の他者とを分かつ「」にもなる。

これこそが「2」の象意であり、この「」は強い安定と激しい対立をもたらす。

そしてこの「」に疑いを挟むのが「7」であり、そんな両者が衝突せず緩やかに混在し続けるのが「9(2+7)」という世界。

 

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先進性 (2016.2.11 23:55)

 

こじれた「5」マインドによる破壊的なまでの「先進性」は、結局のところぐるりと一周回って逆数「4」的な「時代錯誤」へとその姿を変える。

わざとらしい「先進性」は、そのわざとらしさ故にかえって「先進性」を失い、自らの行き場のない破壊的な革新欲求実現の可能性を「古き」に求めていく。

 

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鈍感・漫然・無精 (2016.2.11 22:00)

 

4」マインドが大いにこじれると、自らの未来や成長について極めて鈍感になっていく。

自らの現在の頑張りをただひたすらに続けていけば、きっと成功できるだろうという漫然とした感覚。

自らが世界に合わせて動くのではなく、世界の方からこっちに歩み寄ってこいよな、という究極な無精心。

 

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自らの「財」 (2016.2.11 19:10)

 

こじれた「4」マインドは過去におけるささいな成功を自らの「」として大切に箱にしまい込む。

やがてその「」そのものが「自ら」であると思い込み、箱を開けて新風を吹き込もうとする外部の存在に対して激しく抵抗する(逆数「5」の起動)。

新たな成功のチャンスすらも敵とみなすことに。

 

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チカラはカタチの中へ (2016.2.11 10:49)

 

ダイナミックかつカオスな奇数というチカラがあってこそ、物事は怒涛の如く動き始める。

けれどもスタティックかつコスモスな偶数というカタチが無ければ、奇数はただ闇雲に動きまくるだけとなり、無駄にチカラを消費する。

チカラをカタチの中に入れて制限することで、チカラは本領を発揮する。

 

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にじり寄る哲学 (2016.2.10 12:43)

 

すぐにスタティック&コスモスな答えに向かわず、とことんダイナミック&カオスに思考を繰り返し、本質へとにじり寄っていく「7」という哲学

 

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自らを演じ切る (2016.2.9 20:08)

 

6」の樹木希林が全力で魅せつけてくる逆数「3」の遊び心ある(デンジャラスな)おちゃめぶり。

まるで周囲に「ポジティブウイルス」でもバラまいているかのようだ。

6」の見せる逆数「3」はとてつもなくまぶしく映るけど、それは自らを徹底的に演じ切っている証かもしれないね。

 

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意味を与えない (2016.2.9 8:51)

 

全てのものに「意味がある」わけではない。

全てのものに「意味を与えることができる」というだけ。

だから全てのものに「意味を与えない」という選択もできる。

意味を与えない」ことでラクになる人もいる。

 

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最終的には忘れて (2016.2.8 22:23)

 

僕が「逆数秘術」の講座で伝えているのは「特定の数にヒトを閉じ込めるのではなく、数を用いてヒトの多面性を自在に表現していく」ことであり、そして最終的には「そんなことすらも忘れてラクに生きようよ」というところまで行ってもらいたい、ということなんだ。

 

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性格とは「反応」 (2016.2.8 22:17)

 

ヒトの「性格」というものは、自他の言動に対する反応の集合体

つまり自身や他者の言動にいちいち反応しなければ、わざわざ自他の「性格」を気にする必要が無くなる。

自他の「性格」を定義しカテゴライズするよりも、そんな「性格」という概念自体を滅した方が手っ取り早いのではなかろうか。

 

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二つの直観 (2016.2.6 16:47)

 

1」の直観の根拠はあくまでも自分自身であり、それ以外の根拠を必要としない。

8」の直観は、そんな「1」の直観をデータ化したものであり、更に周囲の状況や確率論などを取り入れて総合的に判断していく。

1」はカオスかつシンプルな直観であり、「8」はコスモスかつシステムな直観

 

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江戸しぐさ (2016.2.6 15:07)

 

江戸しぐさ」と「カバラ数秘術」、この両者の抱える問題点は共通するんじゃないかな。

その時代にそんなものは存在しなかったが、ウケの良いネーミングであるため一般人に広まった」という点が。

 

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生者の権利 (2016.2.6 13:46)

 

悩むことは生者の権利。

 

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「運が良い」とは? (2016.2.6 12:37)

 

運が良い」というのは、艱難辛苦を乗り越えて生き残れた人々の総称であり、そのわかりやすい結果から名付けられるもの。

つまり「運が良い」から生き残れるわけではない。

運が良い」ということは、結果からしか導き出すことができないんだ。

 

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自己との対話癖 (2016.2.5 23:52)

 

他者との対話」が終わったかと思いきや、今度は「自己との対話」が始まるのが「7」マインド。

逆数「2」という「意識のロープ」がなかなか外れてくれないため、交流の際の情報がそのまま自らに逆流し、しかも元の情報量をはるかに上回る量の情報が再生産され、自らの中でぐるぐると回り始める

 

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相手の自己愛 (2016.2.5 20:42)

 

自らの「自己愛」だけではなく、相手の「自己愛」をも認めてあげることが健全な「他者愛」につながっていく。

つまり「3(自己愛)」+「3(自己愛)」=「6(他者愛)」ということ。

相手の「自己愛」を認めずに施そうとする「他者愛」は、結局のところただの「自己愛」と変わりがない。

 

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「9」が抱く恐れ (2016.2.5 18:16)

 

自らを取り囲む境界線が曖昧な「9」マインドの最大の課題は、そんな状態だからこそ自らと世界とが混じり合ってしまい、逆数「0」の如く自らが無くなってしまうのではないかという恐れと向き合っていくこと。

そんな「9」は補数「1」、つまり発作的衝動や原初的欲求により「自己」を取り戻す。

 

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二つのアクション (2016.2.5 8:09)

 

3」のアクションは「やりたいからやる」となり、「1」のアクションは「やらずにはいられない」となる。

3」は好き嫌いの感情によりやるかどうかを選ぶゆとりがあるが、「1」はそのケモノ的な衝動性直観により「選ぶ」という方法が消えてしまう。

その分、凄まじい「突破力」を得る。

 

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「自己愛」のためには (2016.2.4 21:38)

 

1」という「自己」は「2」という「他者(客観性)」と出会うことにより、「3」という「自己を客観視する自己」へと変わっていく。

そして「3」は「自らが自らを愛する(自己愛)」というイメージにつながっていく。

自己というものを客観的に把握しなければ、自己を大切にはできない。

 

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保険的表現 (2016.2.4 14:03)

 

さもそれが絶対的な法則であるかのようにさんざん述べた後で「でも一概には言えない」などと保険的に付け加える行為を見るといろいろと考えちゃうよなぁ。

 

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意味付けの結び直し (2016.2.3 22:43)

 

2(知のコスモス)」というロープで自分と世界を結び付ける行為。

そんな固結びされた「意味付け」を「7(知のカオス)」で一度解体し、自らの健全な目的のため新たに結び直す。

7」のアドラーが教えてくれるのは、そんな「意味付けの結び直し」の大切さなんだね。

 

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「7」を開き直る (2016.2.3 22:31)

 

孤独や懊悩といった「7」な自分を救う一つの方法として、補数の「3(自己顕示)」をあげても良いと思う。

7」に「3」が加わって、10→「1」というベクトルが生まれるきっかけになるかもしれない。

僕は「7」だぞ!どうだすげぇだろ!」などという開き直りアピールで健やかさが宿る。

 

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清原逮捕 (2016.2.3 0:27)

 

今はきっと全国の占い師が逮捕された清原をこぞって占い、星やら数やら顔やらのせいにしていることだろう。

 

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更新とパターン化 (2016.2.2 17:31)

 

奇数はその都度「更新」し、偶数は「パターン化」していくと捉えるといいかも。

直観の更新が「1」、パターン化が「8」。

感情の更新が「3」、パターン化が「6」。

感覚の更新が「5」、パターン化が「4」。

思考の更新が「7」、パターン化が「2」。

 

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カスタマイズ (2016.2.2 17:14)

 

数秘術の最大の魅力は「カスタマイズのしやすさ」だと思う。

現代数秘術という王道を歩むのもいいけれど、カスタマイズされた数秘術もなかなかに味わい深いよ。

 

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カオスを受け止める (2016.2.2 13:44)

 

自らの「6(ホスピタリティ)」を鍛えるためには、思いやるべき相手が見せてくる逆数「3」を避けずにとことん受け止めていく必要がある。

つまり相手が爆発的に出しまくるありのままの感情や、内側にうごめくドロドロの汚物などのカオス

これらに過剰反応せず、淡々と秩序を取り戻していく。

 

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ソクラテス (2016.2.2 10:57)

 

事象と言葉をとりあえず「2」というラインで一対一に紐付けることで出来上がる知のコスモス

そんなコスモスに安住する人々にことごとく喧嘩を売り、「7」というハサミで知のコスモスをバラバラにし、人々の知ったかぶりを暴いたあげく毒杯を仰ぐ羽目になったのがソクラテスだね。

 

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フルネスとニヒル (2016.2.1 21:07)

 

ヒトの心を豊かにする「9(フルネス)」。

ヒトの心を虚ろにする「0(ニヒル)」。

真逆に見える「9」と「0」だが、この両者はいとも簡単にひっくり返る背中合わせの存在。

満ちる」に向かっていく過程こそが「満ちる」感覚を豊かにし、完全に満ちた時からその感覚は消えていく。

 

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ふわふわ」の理由 (2016.2.1 16:54)

 

9」の人を見て「この人いつもふわふわのほほんとしていてうらやましいな」などと思ってはいないだろうか。

もしかしたらその「ふわふわ」は、自らの特質をうまく見つけられず、自らの性格をうまく定義付けできない「9」が何とかして自らを形にすべく頑張って足掻いている姿なのかもしれないよ。

 

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「4」あってのロック (2016.2.1 14:47)

 

5」は様々なものに抗う「ロック」な数でもあるけれど、その性質を担保してくれるのは逆数「4」というルールや常識などの枠組み。

ダイナミックかつカオスな奇数性を鎮め、規則正しい秩序を与えようとする偶数性の壁。

そんな壁や枠が消え去れば、「5」はわざわざロックに生きなくてもすむ。

 

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穏やかな自由 (2016.2.1 14:07)

 

5」の人は「5」の象意である「自由」の本質を学ぶために、逆数「4」という「壁・柵(しがらみ)・枠」を徹底的に体験させられる。

そうやって「4」の本質をつかむことで、「4」を壊して飛び出すような激しい自由ではなく、「4」の中にいても充分に感じられる穏やかな自由を手に入れられる。

 

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「答え」にしがみつく (2016.2.1 12:32)

 

社会生活を営む上で築いてきた「2」という線引き、つまり関係性やルールや定義付けなどなど。

この「2」という線引きを解していく「7」的作業はとてつもなく苦しく、そして悩ましい。

だからこそヒトは「7」をやりたがらず、「2」という「答え」に必死にしがみつこうとするんだね。

 

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「自信」という根拠 (2016.2.1 9:41)

 

純粋な「1」には、そもそも「自信」という概念が存在しない。

自信の有無や結果の良し悪しにかかわらず、ただ衝動のままに邁進するのみ。

でも良い結果を望み始める、つまり「コントロール」を求める逆数「8」の機能が台頭すると途端に「1」の運動性が弱まり、自信という根拠が必要となる。

 

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