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Tarot


 

1. 逆数で読み解くタロット(大アルカナ)

2. 数で読み解くタロット(小アルカナ・数札)

 


 

 

1. 逆数で読み解くタロット(大アルカナ)

 

 

本項目はウェイト版(ライダー版)タロットがベース
→一般的な意味合いと概ね同じものもあれば、描かれている光景を独自の解釈で読み解いたものも存在します

 

大アルカナは「逆数」を用いた方がこじつけ(照応)やすかったりする
→一桁の数字のカードであればまだこじつけようがあるが、二桁の数字となると、かなりの力技が必要となる

 

本項目では「逆数秘術」のイメージを採用しているため、「1」「3」「5」「7」は奇数(動的・カオス・チカラ)、「2」「4」「6」「8」は偶数(静的・コスモス・カタチ)、「9」は奇数と偶数のイメージが混じり合った(偶奇両有)数、そして「0」は奇数でも偶数でもない数として捉えている

 

カードの元々の数字(単数変換した一桁の数)が奇数(動的・カオス・チカラ)であれば、その「逆数」となる偶数(静的・コスモス・カタチ)をヒントにして読み解いていくし、その逆もまた然り

 

初学者において難しいのは逆位置の解釈であり、正位置の要素が「過剰」となるのか「不足」となるのかの判断については、例えば元々(逆数として)が奇数(動的・カオス・チカラ)のカードの場合、周りを取り巻くカードの数が奇数優位ならば「過剰」、偶数優位ならば「不足」として解釈することが可能となる

 

スプレッドを問わず、全体的に奇数(動的・カオス・チカラ)のカードが多ければ事態は動きやすくなり、反対に偶数(静的・コスモス・カタチ)のカードが多ければ事態は動きにくくなるイメージとして読み解くことができる

 

大アルカナは具体的な出来事(これは小アルカナの範疇)よりも「精神的な出来事、気づき」を表す傾向が強いため、78枚フルデッキで占うことにより大アルカナがどれだけの割合で出ているかをつかむことで、その問題が具体的な方策で対処可能なものか、それとも「精神的な(幼少期等からの刷り込みや思い込みへの)アプローチ」が必要かどうかの判別が可能となる

 

 

【「0」と「9」のグループのカード】

 

0」の「愚者」と「9」の「隠者」、そして「18(9)」の「」は同じグループとして扱う
→逆数秘術において「9(全)」と「0(無)」は対の関係(逆数)であると共に「」の関係でもあるが、これは単数変換の際に用いる「九去法」において「9」を「0」とみなして計算しても出てくる解(一桁)は同じになるところから導き出した概念である

 

0」の「愚者」、「9」の「隠者」、そして「18(9)」の「」を、それぞれ「9(全、オールマイティ)」と「0(無、ナッシングネス)」のイメージから読み解いていく

 

0」の「愚者」を、元々の「0(無)」と逆数の「9(全)」で読み解いていく

 

 ・全ては初めから無く、そして全ては初めからそこにあるというオールマイティ
 ・有と無、一と全を溶かす蝙蝠的存在(世界における《曖昧》な存在)
 ・あらゆる境界、概念、枠組みを超えていく旅人(全て混ざり合っている)
 ・ゼロである者であり、かつ未来の「隠者
 ・「」のブラックホールをくぐる者(「」への冒険者)

 

9」の「隠者」を、元々の「9(全)」と逆数の「0(無)」で読み解いていく

 

 ・先達たる自らには既に教えることはなく、先達を目指す道のりこそが学びの全て
 ・ゼロを知る者であり、かつ過去の「愚者
 ・無知の知(知らないということを私は知っている)
 ・奢れば堕ちて「愚者」に戻る山の頂
 ・「」のブラックホールへの旅路を見送る者(「」の体験者)

 

18(9)」の「」を、元々の「9(全)」と逆数の「0(無)」で読み解いていく

 

 ・あやふやで曖昧なものへの恐れ(その恐れすらも漠然としたもの)
 ・無いものを有ると思い込む・有るものを無いと思い込む(現実と認識の乖離)
 ・見えざるものが与える真実
 ・無意識の現実への反映(当人にしか見えない、辻褄合わせとしての現実)
 ・有と無の逆転(空間に充分に満ちた空気は「無い」ものとして意識される)
 ・胡蝶の夢(夢と現実の曖昧性、出典は荘子)
 ・「」は現世に空いたブラックホール(「9(満月)」と「0(新月)」の重なり)

 

 

【「1」のグループのカード】

 

1」の「魔術師」、「10(1)」の「運命の輪」、そして「19(1)」の「太陽」は同じグループとして扱う

 

■奇数(動的・カオス・チカラ)である「1」の「魔術師」、「10(1)」の「運命の輪」、そして「19(1)」の「太陽」を、逆数である偶数(静的・コスモス・カタチ)の「8(制御、コントロール)」から読み解いていく

 

1」の「魔術師」を、逆数である「8(制御、コントロール)」から読み解いていく

 

 ・意志の具現化のための準備(テーブル上の四大元素に注目)
 ・事を成そうとする能力、ツール、そして場のコントロールを正しく認識する
 ・現実支配的な才能発揮(机上の空論を振りかざすのではなく)
 ・徹底したビジネスマインド(これはドライさを発揮することでもある)
 ・ヒトの意志による(おこがましいほどの)万物の制御意欲
 ・「運命の輪」や「太陽」の持つ支配力への信奉及び力の利用
 ・《時の流れ》を利用する者

 

10(1)」の「運命の輪」を、逆数である「8(制御、コントロール)」から読み解いていく

 

 ・時間や因果律による絶対的支配(ヒトをコントロールするものの一つ)
 ・ヒトの意志に関わらず進んでいくオートメーション(つまり逆行できない)
 ・運命という名の蜘蛛の糸(人事を尽くして天命を待つ、最後にすがりつくもの)
 ・努力が報われることへの強い期待と、報われないことへの強い恐怖
 ・《時の流れ》そのもの(つまりは《》そのもの)

 

19(1)」の「太陽」を、逆数である「8(制御、コントロール)」から読み解いていく

 

 ・絶大なる影響力の行使(人々が勝手に支配下に入るイメージ)
 ・暦やリズムという秩序による支配(自然のリズムの活用を促すメッセージでもある)
 ・物質的な充実感と成果(あくまでも実ってこその充実)
 ・成長神話や努力神話の信奉(これは辛抱強さの根拠となる)
 ・成功への階段を昇り続ける(成功への強迫観念につながることも)
 ・《時の流れ》を作り出すもの

 

 

【「2」のグループのカード】

 

2」の「女教皇」、「11(2)」の「正義」、そして「20(2)」の「審判」は同じグループとして扱う

 

■偶数(静的・コスモス・カタチ)である「2」の「女教皇」、「11(2)」の「正義」、そして「20(2)」の「審判」を、逆数である奇数(動的・カオス・チカラ)の「7(思考、シンキング)」から読み解いていく

 

2」の「女教皇」を、逆数である「7(思考、シンキング)」から読み解いていく

 

 ・徹底した内的思惟(とことん内側への思索を続けるが、表面上はいたって静か)
 ・内観の持つ孤独性(これは独りの豊かな時間を持つことにもつながる)
 ・無限に連なる神秘の追究
 ・真理は決して理解しきれない(だからこそ何を「答え」とするかが大事)
 ・鋭い洞察力が招く疑心暗鬼
 ・内なる裁き(自分で自分を裁くということ)
 ・裁き裁かれる者

 

11(2)」の「正義」を、逆数である「7(思考、シンキング)」から読み解いていく

 

 ・公正なる判断に至るまでの延々たる確認作業(安易な「答え」を戒める)
 ・群れずに馴れずに貫く正しさ(かつ「正しさとは何か」を考え続ける意識)
 ・観るよりも考えるを優先(見えるもののみに囚われないことの大切さ)
 ・裁く者の苦悩(「審判」とのコントラスト)
 ・外への裁き(自分が他者を裁くということ)

 

20(2)」の「審判」を、逆数である「7(思考、シンキング)」から読み解いていく

 

 ・どこまでも遡っていく思考(全ての「過去」が審判の材料となる)
 ・過去や輪廻性(復活)への強い拘り(望む「答え」を待ち続ける姿勢でもある)
 ・交わされた約束への期待と疑念(時間が経つほどに「疑念」へと傾く)
 ・信じなかったことへの悔恨(逆位置で出た際は特に顕著に現れる)
 ・裁きを待つ者の懊悩(「正義」とのコントラスト)
 ・内への裁き(下の死者)と外への裁き(上の天使)の混在

 

 

 【「3」のグループのカード】

 

3」の「女帝」、「12(3)」の「吊るされた人」、そして「21(3)」の「世界」は同じグループとして扱う

 

■奇数(動的・カオス・チカラ)である「3」の「女帝」、「12(3)」の「吊るされた人」、そして「21(3)」の「世界」を、逆数である偶数(静的・コスモス・カタチ)の「6(美、ビューティ)」から読み解いていく

 

3」の「女帝」を、逆数である「6(美、ビューティ)」から読み解いていく

 

 ・素直な母性の発露(子の有無に関わらず発揮される母性とは、正に「」の源)
 ・遍くものを育む愛と使命感(社会という秩序美の守り手としての意識)
 ・収穫に最良のタイミングを測る(早くても遅くてもダメ)
 ・感情で善悪を判断(ドライさの中に見える情緒)
 ・自然界の順序を重んじる
 ・直接的な救い主(世界に「」を与えようとする者)

 

12(3)」の「吊るされた人」を、逆数である「6(美、ビューティ)」から読み解いていく

 

 ・奉仕や犠牲の先の美学(秩序美の実現に役立つことへの名誉)
 ・自らが動かぬことで得られる調和(自粛精神の現れでもある)
 ・儀式を経て崇高なるものへ近づく(儀式に自らを閉じ込めていくイメージ)
 ・悲劇の主人公志向(ギリシャ悲劇に見える「」)
 ・捧げ物としての自分(これは「献身」という行いへの道徳的憧れでもある)
 ・世界を救う犠牲者(究極的なボランティアマインド)
 ・間接的な救い主(自らの犠牲により、世界に「」をもたらす者)

 

21(3)」の「世界」を、逆数である「6(美、ビューティ)」から読み解いていく

 

 ・森羅万象という完成された調和美(これ以上ない「」の顕現、理想形)
 ・カタチとしての秩序(これは「無秩序(カオス)」を許さない厳格さでもある)
 ・この世に最大なる善を実現する覚悟(世界への責任意識)
 ・「真・善・美」へのこだわり(そこから外れるものへの容赦のなさ)
 ・愚者というカオスモスから切り出された美しきコスモス
 ・犠牲の上に成り立つ世界(コスモスの持つ「厳しさ」の現れ)

 

 

【「4」のグループのカード】

 

4」の「皇帝」、そして「13(4)」の「」は同じグループとして扱う

 

■偶数(静的・コスモス・カタチ)である「4」の「皇帝」、そして「13(4)」の「」を、逆数である奇数(動的・カオス・チカラ)の「5(抵抗、プロテスト)」から読み解いていく

 

4」の「皇帝」を、逆数である「5(抵抗、プロテスト)」から読み解いていく

 

 ・何者にも支配されない権威(そのために行われる不断の攻撃行為)
 ・反対者への激しい抵抗と排除(物心共に存在する「玉座」を守るための行為)
 ・常に動きながら保つ絶対的な中心性(究極の主観)
 ・破壊の権利者(刺激や冒険を通じて子供を育む「父性」のイメージ)
 ・内なる自発的な変革(変え続けないと「維持」ができない)
 ・不変という変化

 

13(4)」の「」を、逆数である「5(抵抗、プロテスト)」から読み解いていく

 

 ・諸行無常の理(変わらぬものなどありえない)
 ・去ることで得る大いなる自由(物心へのこだわりに対する抵抗と脱出)
 ・内面的な変革への道程(精神変容への道筋でもある)
 ・自らをも俯瞰するための飛翔(究極の客観)
 ・観念の徹底破壊(これには価値や定義の「反転」も含まれる)
 ・外からの強制的な変革(否応なくもたらされる「天恵」としての変革)
 ・変化という不変

 

 

【「5」のグループのカード】

 

5」の「法王」、そして「14(5)」の「節制」は同じグループとして扱う

 

■奇数(動的・カオス・チカラ)である「5」の「法王」、そして「14(5)」の「節制」を、逆数である偶数(静的・コスモス・カタチ)の「4(安定、ステーブル)」から読み解いていく

 

5」の「法王」を、逆数である「4(安定、ステーブル)」から読み解いていく

 

 ・伝統や規範への帰属意識(これらが「ホーム」として機能するイメージ)
 ・継続による緩やかな成長(焦らずに自他の成長を見守っていく姿勢)
 ・変えたがらない頑固さ(頑なに守ること自体を「目的化」していく)
 ・不変のサイクルに対する絶対的な信奉
 ・自らは決して動かない(自らの「不動」が「安定」のシンボルとなる)
 ・規範の守護者(社会維持に必要な「ルール」を管理し守っていく)
 ・法理や教理といった人工の法則という枠組みによる安定

 

14(5)」の「節制」を、逆数である「4(安定、ステーブル)」から読み解いていく

 

 ・節度と倹約による日常性の維持(カオスを鎮め、コスモスを実現する)
 ・「」や「」の存在による安定(カタチが与えてくれる「自由」でもある)
 ・丁寧かつ堅実な作業(ひたすらに同じ作業を繰り返す大切さ)
 ・法則性の中における安心感
 ・自ら定めた法を越えない(自然法に則る、わざとらしさはタブー)
 ・規範の実行者(自己の心身の維持に必要な「ルール」を遵守する)
 ・バランスの取れた自然界の法則性による安定

 

 

【「6」のグループのカード】

 

6」の「恋人たち」、そして「15(6)」の「悪魔」は同じグループとして扱う

 

■偶数(静的・コスモス・カタチ)である「6」の「恋人たち」、そして「15(6)」の「悪魔」を、逆数である奇数(動的・カオス・チカラ)の「3(快楽、ジョイ)」から読み解いていく

 

6」の「恋人たち」を、逆数である「3(快楽、ジョイ)」から読み解いていく

 

 ・感情による選択、及び選択からの逃避(どちらも欲しがる気持ち)
 ・一瞬取り戻す幼児性(これは「エロス(愛欲)」の健全な発露にもつながる)
 ・いいとこ取り根性(これはむしろ良い意味として捉えている)
 ・楽しく人生を謳歌する(全てが祝福されているかのような「楽観」さ)
 ・二者に拘らずより良い価値を創造する(これは「止揚」のイメージ)
 ・自己愛を優先(自らの「好き」を優先することでもある)
 ・明るみに出す恋愛(堂々と見せびらかすような、映える恋愛)

 

15(6)」の「悪魔」を、逆数である「3(快楽、ジョイ)」から読み解いていく

 

 ・耽溺や怠惰、享楽への淡い憧れ(「6(美、ビューティ)」を知るからこそ)
 ・開き直った幼児性(抑えようともしない「エロス(性愛)」)
 ・抑えきれない感情(カオスをカオスのままに発揮するイメージ)
 ・未必の故意(そうなったらそうなったで構わない、という行動への無責任さ)
 ・誘惑への無抵抗(自らの好奇心を止められない)
 ・無計画な生産性(これは負債を膨らませることも含まれる)
 ・癌化(致命的な拡大衝動)
 ・過度な自己愛による自己の損失(自己の甘やかし、セルフネグレクト)
 ・後ろめたい恋愛(コソコソと行うからこその、ハラハラした面白さ)

 

 

【「7」のグループのカード】

 

7」の「戦車」、そして「16(7)」の「」は同じグループとして扱う

 

■奇数(動的・カオス・チカラ)である「7」の「戦車」、そして「16(7)」の「」を、逆数である偶数(静的・コスモス・カタチ)の「2(接続&分離、リンク&セパレート)」から読み解いていく

 

7」の「戦車」を、逆数である「2(接続&分離、リンク&セパレート)」から読み解いていく

 

 ・異なる二つの思考をまとめ上げる力(カオスな思考の分割整理が必要)
 ・見たものを信じ抜く盲信性(この信仰性が真っすぐ走る「」として機能する)
 ・走り続けるための身心のバランス感覚と観察眼(心と身体の明確な意識化が必要)
 ・二つの自分間のライン引き(これは二つの自分を認めてあげることにもつながる)
 ・戦略的な自己暗示(長所とつながり、短所を分離する)

 

16(7)」の「」を、逆数である「2(接続&分離、リンク&セパレート)」から読み解いていく

 

 ・必ず誰かに見られている怖さと救い(当人の過ちをチェックする人の存在)
 ・一体化したものの強制分離(離婚、別居、死別、またはこだわりからの解放)
 ・神から下ろされる啓示の雷(とてつもないショックを伴う「気づき」でもある)
 ・強引なアドバイス(相手の意志に関わらず、与えられていくもの)
 ・聖性との絶対的な隔たり(神という「絶対的存在」との仲違い)
 ・無垢なる信仰への回帰(スピリチュアルへと傾倒していくケースも)
 ・自分と絶対的他者とのライン引き(「私とあなたは違う」という宣言でもある)

 

 

【「8」のグループのカード】

 

8」の「」、そして「17(8)」の「」は同じグループとして扱う

 

■偶数(静的・コスモス・カタチ)である「8」の「」、そして「17(8)」の「」を、逆数である奇数(動的・カオス・チカラ)の「1(衝動、インパルス)」から読み解いていく

 

8」の「」を、逆数である「1(衝動、インパルス)」から読み解いていく

 

 ・自らの獣性(衝動)の存在や重要性に気付く(飼い馴らし過ぎないことがポイント)
 ・不撓不屈の意志(何度でも前進しようとする、真っすぐな意志)
 ・いつ牙を剥くか知れぬライオン(自らのカオスに常に注意を払う)
 ・解放されるのを心待ちにしている自らの勇気
 ・身体的リビドー
 ・衝動の具現化(その意志にゴーサインを出すための事前の「確認作業」でもある)

 

17(8)」の「」を、逆数である「1(衝動、インパルス)」から読み解いていく

 

 ・真っ直ぐ一所に向かう力(希望へと向かう強力な推進力)
 ・「」という意志の光は、外側ではなく内から発する
 ・種子としての可能性(ほんのわずかな意志や衝動を否定せずに育んでいく)
 ・直感的閃きへの信頼(内なる声に耳を傾ける)
 ・精神的リビドー
 ・衝動の理念化(意志の目標地点としての「」を心に輝かせ続ける)

 

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2. 数で読み解くタロット(小アルカナ・数札)

 

 

本項目はウェイト版(ライダー版)タロットがベース
→一般的な意味合いと概ね同じものもあれば、描かれている光景を独自の解釈で読み解いたものも存在します

 

小アルカナはストレートに現代数秘術の「」のイメージで解釈してOK
→ただし本項目では「逆数秘術」のイメージを採用しているため、「1」「3」「5」「7」は奇数(動的・カオス・チカラ)、「2」「4」「6」「8」は偶数(静的・コスモス・カタチ)、「9」は奇数と偶数のイメージが混じり合った(偶奇両有)数、「10(単数変換すると「1」)」は始原のエネルギーたる「1」が具現化(最終形)した数であり、かつ位取りの「0(無)」によって奇数偶数を超越した存在として捉えている

 

■ワンド(火)は直観・情熱・野心、カップ(水)は感情・愛情・憐憫、ソード(風)は思考・言語・分析、ペンタクル(地)は感覚・物質・成果を表す(各元素の象徴)

 

数が書かれていないコートカード(人物札)は本項目では取り上げない
→これは個人的な手法となるが、コートカードはあくまでも「その占断内容に関わる具体的な登場人物(心理的存在も含む)」を表すものとして用いている

 

一枚のカードの表す意味があまりにも多岐にわたることがタロット学習の妨げになっていると考え、本講座では「」のイメージを踏まえた上でカードの意味を絞り込み、よりシンプルなものにしている

 

初学者において難しいのは逆位置の解釈であり、正位置の要素が「過剰」となるのか「不足」となるのかの判断については、例えばその逆位置のカードの周囲に同じスート(ワンド等)のカードが複数枚あれば「過剰」と解釈し、逆に全く無ければ「不足」と解釈することも可能となる

 

スプレッドを問わず、全体的に奇数(動的・カオス・チカラ)のカードが多ければ事態は動きやすくなり、反対に偶数(静的・コスモス・カタチ)のカードが多ければ事態は動きにくくなるイメージとして読み解くことができる

 

 

【「1」のカード】

 

各「1」のカードは、それぞれの元素の性質がオリジナル・シンプル・ストレートに発現していく様を表すが、「1」は奇数(動的・カオス・チカラ)最初の数であるため、それぞれの性質がまだ何のカタチにもなっておらず、言い換えるならばただのエネルギーだけの状態

 

1」とは世界における絶対的な存在であり、かつそれは自明なものであるため、これは物語の「プロローグ」よりも前に存在する説明不要な絶対的法則、つまり「プレ・プロローグ」とも呼べる存在

 

自らの中で激しく湧き上がる衝動原初的欲求でもあり、それぞれの元素にまつわることを成し遂げるための原動力として活用できるが、当然ながら暴走の危険性も秘めている

 

■ワンドの「1」はやる気や熱意が芽生え始めた状態、カップの「1」は愛し愛されたい気持ちや誰かを想う気持ちが芽生え始めた状態、ソードの「1」は言葉や出来事の意味を確かめる気持ちが芽生え始めた状態、ペンタクルの「1」は物質や成果を得て味わおうとする気持ちが芽生え始めた状態を表す

 

■逆位置で出ると衝動やエネルギーの不足を表し(周囲に偶数のカードが多ければより顕著となる)、自らの衝動や原初的欲求の認識不足、または暴走への恐怖による心身の萎縮も表すが、逆に周囲に奇数のカードが多ければ各元素の「暴走や過剰」のイメージとなる

 

1」は何かを始めようとする気持ちだけがある状態であり、実際にスタートできるかどうかは次の「2」にて如何に現実的なツールを用意できるか否かにかかっている

 

 

【「2」のカード】

 

2」は偶数(静的・コスモス・カタチ)最初の数であるため、それぞれの元素の性質が一定の形を持ち始めた様子を表す(具現化の始まり)

 

2」は「線を引く」ことにより二者を「つなぐ」、そして「分ける」の二つの意味を持ち、更には選び取ること(選び取らないこと)への責任をも表す

 

前の「1」は純粋なる始原のエネルギーという自明の絶対的存在であり、この「2」において初めてそれが具体的な人物によって形となって現れることから、これを「プロローグ」と捉えることもできる

 

■ワンドの「2」は自らの意志や熱意が具体的な目標や行動と紐づけられる様を表し、カップの「2」は互いの愛情や憐憫が約束という形で結ばれ履行される様を表し、ソードの「2」は深い思考をするべく自らと環境とをきちんと分離して冷静さを保つ様を表し、ペンタクルの「2」は物質や成果をあくまでもツールとして自らと切り離してドライに運用する様を表す

 

■逆位置で出ると明確に線を引くことができない状態を表すが、もし周囲に奇数(動的・カオス・チカラ)のカードが多ければ「うまく接続や分離ができない」イメージとなるし、逆に偶数(静的・コスモス・カタチ)のカードが多ければ「過度の接続や分離」による弊害を表す

 

線を引く」という行為によって、一時的に安定秩序がもたらされている状態であり、その後の発展性や拡大性については次の「3」で示される

 

 

【「3」のカード】

 

3」は再び奇数(動的・カオス・チカラ)に戻り、それぞれの元素の性質が表出・拡大・発展していく様子を表す

 

前の「2」によって明確化されたものが、より具体的な力動(りきどう)を初め、それが世界(精神も含む)や人々に広がっていく様を表す

 

■ワンドの「3」は自らの意志や熱意に基づくアクションが世界に向かって広がっていく様を表し、カップの「3」は友愛の情が楽しさと共に周囲へと広がっていく様を表し、ソードの「3」は自らが定義する「悲しみ」がじわじわと心に広がっていく様を表し、ペンタクルの「3」は創造のためのチームワークやネットワークが広がっていく様を表す

 

■逆位置で出るとコントロールを逸脱して無秩序に広がる様や無駄なエネルギーの消耗を表し(周囲に奇数のカードが多ければより顕著となる)、それらが自他に多大なる迷惑をかけていく様をも表すが、もし周囲のカードに偶数(静的・コスモス・カタチ)が多ければ「エネルギー(実行力)不足」を表す

 

■ソードの「3」の逆位置は「悲しみが癒える」とも読めるが、個人的には「悲しむという行為を中途半端に終わらせてしまう(悲しみの消化不良)」イメージで読むことが多い

 

3」とは正に成長としての混沌(カオス)であるが、この動きが連続することによって「習慣」というカタチに落ち着く様が次の「4」で示される

 

 

【「4」のカード】

 

4」で再び偶数(静的・コスモス・カタチ)へと戻るが、前の偶数である「2」よりも継続性・安定性・静穏性・不動性などが強調されている

 

落ち着くこと」が集約されている「4」の組ではあるが、これはあくまでも「階段の踊り場」であり、最終地点ではないということに留意

 

■ワンドの「4」はバカンスやレクリエーションなどによって自らの情熱的行為を一旦クールダウンさせる様を表し、カップの「4」は自らの経験や他者からの提案に対して心が動かされない様を表し、ソードの「4」は自らの思考を高ぶらせるような情報をシャットアウトして思考停止する様を表し、ペンタクルの「4」は財物や成果などを目に見えるところで保管することで自らを落ち着かせる様を表す

 

■逆位置で出ると怠惰さ頑迷さなどが強調されたり、まるで根っこが生えたかのように現状に甘んじて全く動かなくなる様も表す(これらは周囲に偶数のカードが多ければより顕著となる)が、周囲に奇数(動的・カオス・チカラ)のカードが多ければ「安定した状況が不安定となっていく(ほころびが生じる)」イメージとなる

 

上記で不安定となった後の「損失」の可能性については、次の「5」で描かれている

 

4」とは自他によって定められた「(落ち着くという)ルール」を守ることでもあるが、これを「破る」ことにより更なる飛躍のための「冒険」をなそうとするのが次の「5」となる

 

 

【「5」のカード】

 

5」は再び奇数(動的・カオス・チカラ)に戻るが、前の「4」に対する冒険的な抵抗運動の様子(結果)が描かれている(前の奇数である「3」よりも冒険心の荒ぶりが目立つ)

 

■偶数(静的・コスモス・カタチ)が優位の世界、つまり「秩序」を重んじる世界観において「5」的な冒険を行うことには、当然ながら大きなリスクが伴う(カードにはリスクの中身が描かれている)

 

■ワンドの「5」は野心的な冒険におけるライバルとのバトルロイヤルとそのリスクを表し、カップの「5」は自らの心を動かして一歩前に進むことのリスクを表し、ソードの「5」は自らの思考をフル活動させて論争に明け暮れた先のリスクを表し、ペンタクルの「5」は経済的自由を手に入れるために財を動かし投機に励んだ末のリスクを表す

 

■逆位置で出た場合「リスクが顕在化しない(大したことは起こらない)」とも「リスクに怖気づいて何もしない」とも読める(これらは周囲に偶数のカードが多ければより顕著となる)し、もし周囲に奇数(動的・カオス・チカラ)のカードが多ければ「回避する術のない自業自得的なリスク」のイメージとなるが、正逆ともに言えるのは「リスクを冒す覚悟」を問いかけるカード群ということ

 

5」とは正に既存の秩序を冒す(冒険)行為そのものだが、この荒ぶるカオスを鎮めて「配慮」という秩序美を取り戻すのが次の「6」となる

 

 

【「6」のカード】

 

6」で再び偶数(静的・コスモス・カタチ)へと戻るが、前の偶数である「4」よりも全てのものへの配慮に努め、より美しい秩序をもたらそうとするイメージ(「5」で破壊されたものを修復するイメージでもある)

 

5」という冒険的行動における「自分優位」を改め、周囲に対しての気配りを施すことにより「他者」を尊重していくイメージであり、これは周囲の世界に対して「責任をもって接する」ということでもある

 

■ワンドの「6」は情熱によってもたらされた勝利の栄光を皆と共に分かち合うという配慮を表し、カップの「6」は弱き者や幼き者に対して礼節をわきまえながら心優しく接する配慮を表し、ソードの「6」は悲しむ者に対してその理由をあれこれ尋ねず静かにしてあげる配慮を表し、ペンタクルの「6」はそれぞれの評価に応じた報酬をえこひいきせずに正しく分配する配慮を表す

 

■逆位置で出ると「行き過ぎた配慮(遠慮)」もしくは「無配慮(無遠慮)」を表すが、周囲のカードが偶数(静的・コスモス・カタチ)優位であれば前者の、奇数(動的・カオス・チカラ)優位であれば後者のイメージとなる

 

上記の前者は場合によっては「お節介(余計なお世話)」のイメージにもなる

 

6」とは「調和」をもって秩序の美をなす数であるが、そんな秩序に対して「疑念」を抱き始めるのが次の「7」となる

 

 

【「7」のカード】

 

7」は再び奇数(動的・カオス・チカラ)に戻るが、前の「6」で築かれた秩序美に対する「強い疑念に基づいた行動や状況」が描かれている(別の表現を用いるならば「こんなはずではなかった」というイメージ)

 

■偶数(静的・コスモス・カタチ)優位の秩序世界に対して「問いを投げかける」イメージであり、その哲学的行為によってもたらされたカオスが描かれている(いわゆる「問う覚悟」が求められる)

 

■ワンドの「7」は自らの衝動や熱意に対して疑い始めたところ過去の自分自身からバッシングを受ける様を表し、カップの「7」はあらゆるものに問いを投げかけた結果「良いもの」とは何かが分からなくなった様を表し、ソードの「7」は既存の「正義」に対して疑念を抱いた結果「自己解釈としての正義」に進み始める様を表し、ペンタクルの「7」は自らの労働に対する成果物や報酬の不足(期待とは異なるもの)に疑念を抱く様を表す

 

■逆位置で出ると「問いの解消」や「疑いが晴れる」といったイメージとなるが、疑うことに疲れた結果「とりあえずの結果で妥協する」という意味合いにもなる

 

上記は周囲のカードが偶数(静的・コスモス・カタチ)優位の解釈だが、もし奇数(動的・カオス・チカラ)優位であれば「疑うあまり非常識な行動をとる(ひねくれた行い)」イメージにもなる

 

7」とは思考をフル活用して万物を検証する数であり、それに対して過剰な思考を抑えて事態の「コントロール」に意識を向け始めるのが次の「8」となる

 

 

【「8」のカード】

 

8」で再び偶数(静的・コスモス・カタチ)へと戻るが、前の偶数である「6」よりも状況の「コントロール(秩序の厳密化)」に力を注ぐイメージ

 

上記の「コントロール」には自制や鍛錬といった「セルフコントロール」も含まれる

 

7」の「問い」によってもたらされたカオスを抑え込み、事態を先へと進めるべく努めてドライに様々な操作や努力を試みるのが「8」のイメージ

 

■ワンドの「8」は自らの衝動や熱意が機械的(オートメーション)に行動として反映されていく様を表し、カップの「8」は思い残しなどの感情の澱(おり)から遠ざかることで人生のリプラン(再計画)を図る様を表し、ソードの「8」は自他の言葉に縛られることを不実行の言い訳として利用する様を表し、ペンタクルの「8」は技術や道具を巧みに用いることで時間をかけて能力を磨く様を表す

 

■逆位置で出ると「コントロール不全」や「制御不能」の意味となる(周囲に奇数のカードが多ければより顕著となる)が、もし周囲のカードが偶数(静的・コスモス・カタチ)優位であれば「コントロール過多」や「過干渉」「過度の抑制」などの意味にもなり、「辛抱」「忍耐」「遅延」の意味合いが強調される

 

8」において様々な方法により「コントロール」されたものの結果が「一応の結末」として次の「9」で示される

 

 

【「9」のカード】

 

■奇数の「1」から偶数の「8」まで奇数と偶数とを往復してきたが、この「9」において奇数と偶数は混じり合い「各元素が満ち満ちていく様(充溢)」や「一応の結末」として示される

 

ただしこれは「最終結果」ではなく、あくまでも「続き」をイメージさせるような「流動性」を持ち合わせている(とりあえずの終焉)

 

■ワンドの「9」は熱意や野心に満ちあふれるあまり常にファイティングポーズを取り続ける様を表し、カップの「9」は幸福感や満足感に包まれるあまり自慢げに幸せをアピールする様を表し、ソードの「9」は常に不安に苛まれるあまりついには夢にまで観てしまう様を表し、ペンタクルの「9」は財物や成果物に囲まれるあまりその豊かさを一人で過分に享受する様を表す

 

■逆位置で出るとそれぞれの要素の「不十分さ(不足感・違和感)」や「未決着感(玉虫色な解決)」が強調される(周囲に偶数のカードが多ければより顕著となる)が、もし周囲に奇数(動的・カオス・チカラ)のカードが多ければ「過剰に満ちあふれていくことで自他に悪影響を及ぼす」イメージが強調される(飽和の果てに感覚異常となるイメージ)

 

1」という自明の絶対的法則を踏まえて「2」から始まった劇は「9」においてひとまずの「エピローグ」を迎えることとなるが、最後に控える「10」によってその「後日談」が描かれることになる

 

 

【「10」のカード】

 

1」という始原のエネルギーがヒトを介して具現化した最終形を表すのが「10」となるが、これは「9」の「エピローグ」よりも更に先の「後日談」や「あとがき」であり、言うならば「ポスト・エピローグ」とも呼べるもの

 

10」は単数変換を行うことで「1」に還元されるが、これはもはや奇数(動的・カオス・チカラ)や偶数(静的・コスモス・カタチ)などという概念を超えたものとなる(位取りの「0(無)」がそれを表している)ため、周囲のカードが奇数ばかりでも偶数ばかりでもあまり影響を受けない

 

10」の各カードに描かれているのは、「1」という始原のエネルギーを手に入れたヒトが迎える結末のイメージであり、一つの「教訓」ともいえる

 

■ワンドの「10」は情熱や野心を抱いた果ての終わることなき使命感を表し、カップの「10」は愛情や憐憫を抱いた果てのありふれた幸福感を表し、ソードの「10」は自他の思考や言葉に翻弄された果ての裏切られた絶望感を表し、ペンタクルの「10」は物質や成果に囲まれた果ての次代に遺していける達成感を表す

 

■逆位置で出るとそれぞれの要素の「(諦めた結果としての)未達成」が強調される(周囲に同じ「10」のカードがあればより「アンニュイ感」が強調される)が、特にソードの「10」の場合は絶望することにすら疲れ果てる「ニヒリズム(虚無感)」が強調される

 

10」のカードが出た時点で「もはやこれ以上展開させようのないストーリー」という解釈も成り立つ

 

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