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数秘術関連等ツイート(2026年2月分)
2026年3月分へ
「偶数」で鎮める (2026.2.28 23:10)
「7(疑念)」を「2(約束)」で鎮める。
なんでか (2026.2.28 22:37)
特に占えることもないし、教えられることもないけれど、それでもまだ数秘はこねくり回してしまうというね。
MBTI (2026.2.28 15:04)
MBTI各タイプのゲマトリア。
ロマン (2026.2.28 13:34)
AIによる占いが増えつつある中で、占い師による占いがこれからも生き残っていくためには、それこそ神秘性という「ロマン(言語化しにくいエモさ)」が鍵を握るのかもなぁ。
答えの更新 (2026.2.27 22:50)
自らのさらに奥深くにまで「7(問い)」を投げかけることで、今までの人生において培われてきた、人間観や人生観などの「2(答え)」がバラバラにほぐされるかもしれない。
問いテロ (2026.2.27 15:48)
賢いかどうかはともかく、ほんわかニヒリストとしての僕は自らの「怠惰」にもそれなりに意味を見出しているのは確かだし、そもそも「人生うまくいくってどういうこと?」とか「うまくいってどうするの?」みたいに、あらゆる概念を「問いテロ」で破壊してしまうからなぁ。
「世界」と自分 (2026.2.27 15:27)
自らの中にある「1(王)」が自己の拡大としての世界に君臨するべく、実に都合の良い「8(法)」を作ることで世界をコントロールできたと思い込むのか。
分人(dividual) (2026.2.25 11:30)
さっき「分人(dividual)」という語を見かけて、そういえば以前触れたことがあったなと思ったら、本で読んでいたよね(完全に忘れてた)
透明な鎖 (2026.2.25 11:05)
「1」「3」「5」「7」という奇数たちが「独り」になるのは、偶数たちによって丁寧に練り上げられた「群れ」に順応するための「不文律なルール(透明な鎖)」に、つくづく嫌気がさしたが故の行動だったりもする。
「みんな」に最適化 (2026.2.25 10:35)
「独り」に最適化した奇数(動的・混沌・チカラ)。
「7」をあおる人 (2026.2.24 10:27)
「もっと世界を疑え!今まで信じていたものの正体を見定めろ!」みたいに「7(疑う)」をあおる人はちらほら見かけるけど、その人自体が特定の思想や人物をすっかり信じ切っているという「2(信じる)」の権化だったりもするからなぁ。
「日常」にしていく (2026.2.23 10:31)
今までと同じように淡々と続いていく日常が、鎮める感覚としての「4(鈍麻)」を磨き上げていく。
言い切る「毒」 (2026.2.23 10:10)
「一概には言えないことを断定的に言い切る」ことって、言う側にとっても聞く側にとっても「美味しい毒」になるよなぁ。
思考の繋留 (2026.2.23 9:41)
僕は「2」に「思考停止」の意を与えているけれど、どうもこの語はネガティブなイメージが染み付いているから、言い換えるなら「思考の繋留(つなぎ止める)」が良いのかも。
今までと同じで居られる場 (2026.2.22 23:04他)
ただコツコツと「今までと同じように」自らのあり方を固定し続けてきた「4」が、ひとたび「5(変革)」の大流行にさらされると、そのあり方自体の価値を相対的に大きく下げられてしまうというのは、何とも気の毒な話だよなぁ。
関税テロと米最高裁 (2026.2.21 19:07)
そういえば世界中に関税テロを仕掛ける「1(荒ぶる王)」なトランプ大統領に、米最高裁という「8(鎮める法)」が待ったをかけたみたいだね。
さらに表示 (2026.2.21 13:22)
ツイッター(現X)は「140字」という制限の中で、いかにいい感じに文章をまとめるかという「推敲」の楽しさを味わうSNSだと思っているから、意地でも「さらに表示」なんてリンクを出したくないんだよなぁ(個人の感想)
オッドソルジャー (2026.2.21 13:14)
「普通」など意に介さず無視する「1」
ハテナ圧 (2026.2.20 23:47)
普通の人「なんで?」
正当化のため (2026.2.20 13:02)
結局のところ「自己の正当化のために数秘術をこねくり回している」というのが僕であり、これはこれで清々しいほどの開き直りを感じるなぁ。
ノイズとシグナル (2026.2.19 14:54)
鎮める偶数によって秩序立った「シグナル(信号)」が作られると、荒ぶる奇数の存在と言動は強い「ノイズ(雑音)」として認識されることに。
「人生」ゲーム (2026.2.18 19:35)
たまたま死ななかったこと(=生きる)に何かしらの「意味」を与えていくのが「人生」という名のゲームだよなぁ。
過責任 (2026.2.18 12:49)
「6」な人「あなたってホント"無責任"だね」
ブロ解 (2026.2.18 11:57)
以前から「6(教導)」が強すぎるツイートをしていたフォロワーを我慢しきれず、ついブロ解してしまったよね(反省すれども後悔なし)
無いからこその「万能」 (2026.2.18 7:41)
「9」な人って「0(虚無)」とのコントラストが最も際立つ分「自分には何もない…」などと思いがちだけど、だからこそiPS細胞のように「万能」になれる素質があるんだよね。
逃げ上手 (2026.2.16 10:23)
「3」は「自己愛」の数であると共に奇数という「運動性」の数でもあるから、自らを嫌いになりそうな不快な存在(出来事)に出会った時、脱兎の如く逃げ出せる「逃げ上手」なんだよね。
「言語」は時代遅れになる (2026.2.15 11:47)
「言語は時代遅れになる」と述べていた「7」のイーロン・マスク。
汚い言葉 (2026.2.14 19:18)
汚い言葉や罵声などを吐く行為を僕は「3(荒ぶる感情)」にたとえているけれど、それによって自らの心身の痛みが緩和されるのであれば、ヒトの機能として「あって然るべし」なんだよなぁ。
結局ゲーム買いました (2026.2.13 22:10)
てなわけで占いに逆らう「5(反逆)」な僕(通常運転)
よーいドン! (2026.2.13 17:24)
「よーいドン!」の「よーい(用意)」は「8(準備・抑止)」で、「ドン!」は「1(実行・発進)」のイメージ。
「鈍麻」になることを許す (2026.2.13 15:03)
「4(静の感覚・鈍麻)」と「5(動の感覚・鋭敏)」の対比で考えると、ある意味で「安心」とは「自らが鈍麻(鋭敏ではない)になることを許せる」ということなんだと思う。
そろえたい (2026.2.13 14:40)
今までは「カオス(混沌)」という語を用いてきたけど、最近は「ケイオス(英語読み)」という語を用いることが増えている。
ただの"生"、ただの"死" (2026.2.13 12:49)
強い「0(虚無)」マインド、つまりはあらゆるものを「無意味化」できるようになると、自らの"死"すら湿り気も悲しみもない「フラット」なものに変わるのかも。
隠居の"先" (2026.2.13 12:33)
僕は40代からやんわりと「隠居」状態に入っているようなもので、このまま50代に突入していくわけだけど、では「(往生以外の)隠居の"先"」ってあるのだろうかと、何となく気になった次第。
自愛モンスター (2026.2.13 10:15)
過剰な「3」という「自愛モンスター」を生み出すのは、周囲の過剰な「6」という「ホスピタリティ・サービス」だったりするよなぁ。
ちょうどいい場所 (2026.2.13 0:03)
みんながやっている「note」が少し気になってはいるんだけど、ツイッターの「140字」という制限にすっかり慣れてしまい、長文を書くことができないんだよなぁ。
ゲーム購入について (2026.2.12 20:47他)
気になっていたゲームが半額になったから購入について占ってみた。
「飽きる」を許す (2026.2.12 16:01)
「4(維持)」の僕が数秘つぶやきを続けられる理由は、別に僕が「4」であるということよりも、自らの「5(破棄)」の発現を否定していないからだと思う。
"生"のミニマリスト (2026.2.12 12:53)
僕が興味関心を持つのは「"生きる"とはどういうことか?」といった類のものであり、これはやはり「哲学」の範疇になってくるんだよなぁ。
書きたくない (2026.2.12 1:22)
もうね、恋愛運とか結婚運とか金運とか仕事運とか人間関係運とかの話は一切書けません…なぜなら興味関心がないからです…
「暴れまわる」言葉たち (2026.2.11 22:43)
「2」と「11」の「感受性」を比較した場合、奇数(動的・混沌・チカラ)であり、かつダブルで「1(衝動)」を持っている「11」のほうが、感受力そのものが「制御不能」となる率が高そうではあるね。
2種類の「リベラル」 (2026.2.11 19:52他)
どうも「リベラル」という語を見かけると、世の中には「9(寛容・融和)」という「平和的リベラル」と、「5(変革・反抗)」という「攻撃的リベラル」の2種類あるかのように錯覚してしまうなぁ。
カーナビ (2026.2.11 18:39)
「8」なナビ「200m先、右折です」
フラワーバレンタイン (2026.2.11 12:13)
1本→「1」→衝動的な恋の発火
有機的な「物語」 (2026.2.11 9:34)
「1(動の直観)」と「8(静の直観)」
「身体」へのアプローチ (2026.2.10 23:17)
昼は愛想笑いを振りまきながら努めてドライに働き、夜は好きなバラエティーを観ながら大口を開けて笑う。
開運 (2026.2.10 22:21)
僕が占い師っぽいことを長年やっていても、いわゆる「開運」について真剣に考えたことがないわけは、そもそも自らを「不運」と思ったことが人生においてほとんどなかったことと、絶対に叶えたい「願望」がなかったからかも。
やめておこう (2026.2.10 20:59)
数秘界で影響力のありそうなアカウントをフォローしようかな、とも一瞬思ったけど、やたらめったら引用リポストしつつ我流のこじつけを展開し、うんざりしたアカウント主からブロックされる未来しか見えないので、やっぱりやめておくか。
矛盾性(ねじれ) (2026.2.10 15:17)
社会や文化の発展のためには、いわゆる「4(保守・継続)」と「5(革新・改変)」の往復運動が欠かせないんだけど、どちらか一方が著しく弱くなるのは、あまりよろしくはないんだよなぁ。
「ひねくれ者」だから (2026.2.10 14:20)
「逆数秘術」をどうして生み出せたのかって?
「マネタイズ」への抵抗 (2026.2.10 14:16)
あらゆるところで見られるようになった「マネタイズ(収益化)」を、数秘でこじつけるなら「8」になるのだろうけど、ここまで顕著になると僕の中の「1」がどうしても「無駄」という行為でもって抵抗しちゃうんだよなぁ。
義務感 (2026.2.10 13:15)
奇数(動的・混沌・チカラ)で始めたビビッドな衝動が、何度も反復されるたびに偶数(静的・秩序・カタチ)へと閉じ込められることで、いつの間にか「義務感」へと変質してしまうのは、確かにあるあるだよなぁ。
融けた"個" (2026.2.10 12:51)
「わたしのために」でも「みんなのために」でもなく、両者が混じり合った結果「みんなとはわたしであり、わたしとはみんなである」という「融けた"個"」としての「9」マインド。
原始共産制 (2026.2.10 12:39)
元々「エゴ」がにじみやすく、環境(自然含む)とも混じり合いやすい「9」な人は、ごく少数の人々とあらゆるものを分け合いながら慎ましく生きる「原始共産制(共存共栄を余儀なくされる)」が、心身ともに最もしっくりくるのかもしれないなぁ。
「1」を思い出せ (2026.2.9 23:25)
何かしら立てた「8(計画、企画)」がいまいちうまく進まない場合、もし事情や時間が許すのであれば、その計画を立てるに至った一番初めの「1(衝動、動機)」が発作的に現れるまで「待ってみる」のも一つの手かもね。
「7」から「2」への接続 (2026.2.9 23:03他)
僕が数秘ツイートを作る際は、まずふわっとした「言語未満のイメージの類」を用いた思考である「7(非言語的思考)」が半自動で行われ、その後に「2(言語化、関連付け)」の作業をごく自然にこなす。
「塔」で解きほぐす (2026.2.9 20:13)
僕は「塔」のカードを16→1+6→「7(思考のケイオス、問い)」として捉えているけど、まさに「2(思考のコスモス、答え)」で編まれた境界線を解きほぐすイメージだよなぁ。
流される覚悟 (2026.2.9 18:05)
奇数な人のように「抗う(戦う)」のではなく、偶数な人のように「従う(守る)」のでもない。
本の外 (2026.2.9 16:03)
読書という行為は結局のところ、自分が理解できるところのみをどんどんと読み進めていくだけなので、単に「2(思考の安定化)」の強化なだけであり、これを壊して「7(思考の自由化)」という新風を吹き込むには「本の外(の体験)」しかない…
骨抜き (2026.2.9 15:34)
たとえ「1(シングル)」としての誇りを強く持っていたとしても、長い時間「8(システム)」に飼いならされることで、すっかり骨抜きにされてしまうケース。
絶望下における"生" (2026.2.9 9:57)
「0(虚無)」マインドは、ある意味で「ペシミズム(悲観主義・厭世主義)」と親和性が高いけど、これをうまく飼い慣らすことができれば「絶望下における"生"の工夫」につなげられそうな気がするなぁ。
「3」な政治活動 (2026.2.8 23:13)
これだけありとあらゆる「ハラスメント」が認定されている超「6(配慮)」な時代において、ただ相手を口汚く(軽口も交えつつ)詰(なじ)ることで聞き手の感情に揺さぶりをかける「3(無遠慮)」な政治活動は、もうさすがに厳しいのかもしれないなぁ。
「2」優位の選挙戦 (2026.2.8 22:21)
「2(信用)」優位なら「誰が語ったか」を重視するし、逆に「7(検証)」優位なら「何を語ったか」を重視する。
「子供」の数としての「7」 (2026.2.8 21:31)
「7」は「思索」や「哲学」を表す数だけど、僕はこれを「大人」の数とは捉えていないんだよね。
大人と子供のバトル (2026.2.8 21:07)
「もっと大人になるべきだ!」と唱える偶数(静的・秩序・カタチ)たち。
嘘 (2026.2.8 18:38)
「絶対に嘘をついてはならない」という倫理観も「優しい嘘なら時と場合によってはついてもよい」という道徳観も、どちらも「6」の範疇。
少子化 (2026.2.8 18:02)
教育の充実という「6」的な「質への偏り」が、真逆な「3」的「量への偏り」を抑制し、結果として「少子化」が加速してしまうわけか。
耐えられる不幸 (2026.2.8 17:34)
「2」「4」「6」「8」など偶数(静的・秩序・カタチ)が優位の人に共通するのは、自らの「耐えられる不幸」ですらも、自分というカタチを保つための重要ツールになる、ということかも。
世紀末にならぬように (2026.2.8 16:49)
ヒャッハー「おう、俺がこの銃でお前を撃つかどうか占ってみろよ!」
投票日の数秘 (2026.2.8 13:38)
今日は数秘的に「2」の日だけど、戦後からの解散総選挙の投票日の数秘ごとの傾向をGeminiにまとめてもらったら、これはこれで興味深い結果になったよね(まぁ母数は少ないけど)
読書 (2026.2.7 15:52)
自らの内側でうごめく「7(非言語的・荒ぶる思考)」は、ある意味で究極的な「自由」ではあるんだけど、それをひとたび表に出すと、たちまちにして「2(言語的・鎮める思考)」という鎖に雁字搦めにさせられ、あっという間に「不自由」なものになってしまう。
ちょっと掘るだけ (2026.2.7 15:09)
僕は一応生まれ日(16日)の数秘で「7」を持ってはいるから、哲学への触れやすさを感じてはいるんだけど、僕の数秘ツイートを読めばわかるように、同じテーマをとことん深掘りするのではなく「ちょっと掘ったら満足して次へ」みたいなことをずっと繰り返しているんだよなぁ。
「横」の知、「縦」の知 (2026.2.7 14:31)
「言語や模倣・模写などの手段を用いて、他者との"主観"の共有を図る」のが「2」的な知であり、つまりは「横」に伸び広げていく知。
「身体(感覚)」で怒る (2026.2.6 20:18)
「4(鎮める感覚)」の僕は、自らの物心共に存在する狭いテリトリー・ルール・ルーティンなどを侵されそうになると、自動的に「5(荒ぶる感覚)」で迎撃してしまう。
口だけ反体制 (2026.2.6 19:38)
僕の中の「5(抵抗)」マインドによる「反体制」は、選挙や失政等で「体制」がクローズアップされると急に生き生きし始めるけど、それがなかなか「(怒りに基づく)行動」にまでエスカレートしないから、ぱっと見「口だけ反体制」に見えてしまうかもなぁ。
目的=手段 (2026.2.6 12:18)
カミュの思想について触れて思った。
娯楽としての哲学 (2026.2.6 12:05)
様々な哲学者の思想の概略をGeminiで生成してもらうことが今の僕の流行り(すぐ飽きそう)
ニーズ (2026.2.6 11:40)
そういえば以前は多少なりとも「ニーズ」を意識して数秘ツイートをすることがあったけれど、今となってはそんなことは全く意識せずに、ひらめいたことをそのままつぶやいているなぁ。
不快の回避 (2026.2.6 10:53)
僕は「0(ニヒリスト)」であると同時に「4(鎮める感覚)」の人でもあるから、たとえ世界に意味を見出さなくても、自らの身体感覚的な「快・不快」に対しては極めて敏感に反応するんだよね。
リアリストかつロマンチスト (2026.2.6 10:44)
「0(ニヒリスト、虚無主義者)」って、冷徹(ドライ)さという意味では極めて「リアリスト(現実主義者)」であり、ありえなさ(不可能性)という意味では極めて「ロマンチスト(理想主義者)」だよなぁ。
憲法第9条 (2026.2.6 10:13)
それにしても憲法第9条ほど「9(あいまい)」に運用されている条文って他にないよなぁ。
終わりゆく国 (2026.2.5 22:11)
僕はゆるふわな「0(ニヒリスト)」だから「やがてこの国は終焉を迎えるけど、その終わりを遅らせることはできるかもしれない…」などとぼんやり思いながらいつも投票してるよ。
「理解」か「曲解」か (2026.2.5 17:13)
「私のこの言葉(文章)をどうやったら、あんな意味に受け止められるのだろう…」
完璧主義 (2026.2.5 16:40)
「6」な人における「完璧主義」の根拠は、自己の高い美意識だけではなく、周りを取り巻く環境(つまり"普通")との「ずれ」を何としても避けたい、という「強迫観念」だったりもするケースもあるね。
キローン(キロン) (2026.2.5 16:14)
僕のキローンは1室(牡羊座)にあるけれど、人生を通して「過信」と「不信」を行ったり来たりしている感があるなぁ。
「公平」から「えこひいき」へ (2026.2.5 14:39)
相手の状況に応じ金貨の枚数を調整する「公平」。
知の発信者への信奉 (2026.2.5 13:18)
「2」という数は「知のインプット」を表すけど、従来の読書・学習・聴講ではなく、昨今ではメディアやネットで多く見られる「知の発信者」を一方的に「信奉」することにより、それらの手間の省力化を図っている人々を多く見かけるなぁ。
虚無性リラックス (2026.2.5 12:55)
「9(ぼんやり)」と「0(ぽっかり)」は割と両立できてしまうんだよなぁ。
無意味化 (2026.2.5 11:52)
「0(虚無)」マインドの何がすごいかって、どんな「数」を勧められても、その全てを「無意味化」してしまうところだね。
使い方 (2026.2.5 1:41)
「逆数秘術」の使い方をGeminiに考えさせてみたけど、まぁそんな感じになるよね。
怒られたらどうしよう (2026.2.4 23:35)
「3(荒ぶる感情)」が強いと、言わば「むき出しの自己愛」をさらけ出しながら生きているようなものなので、ある意味で防御機能としての「怒られたらどうしよう(萎縮モード)」なのかもしれない。
ケイオスコンビ (2026.2.4 22:12)
「3(荒ぶる感情)」と「7(荒ぶる思考)」という、常識という名のコスモス(秩序)に殴り込みをかける、最強クラスのケイオス(混沌)コンビ。
バランス診断 (2026.2.4 21:44)
この「逆数一覧表」を用いて、今の僕のバランスを測ってみると…
立春 (2026.2.4 15:13)
「立春」を何事もなくスルーする、モダン・ヌメロロジスト。
「土」への回帰 (2026.2.3 15:32)
そういえば「風の時代」に入ったと言われて久しいけど、今の日本を見ると求められているのってもしかしたら対極の「土」なんじゃね?って思い始めてきたよね。
人類進化実験 (2026.2.3 11:10)
以前はイーロン・マスクに対して「ツイッターをめちゃくちゃにしやがって…」という感情を抱いていたけれど、「7」の同氏がSNSという「7(ゲマトリアすると)」において、壮大かつケイオスな「人類進化実験」を行っていると考えることで、何となく理解はできるようになったかも(まぁイラつくけど)
「9」から「9」への旅 (2026.2.2 22:59)
啓僕は日々、意味を「ラベリング」された「数」を用いて様々につぶやいているけれど、目指す最終的な到達点はそんな「ラベリング」すらも全て忘れ去って、元の「自然」へと回帰すること。
「守る」強度 (2026.2.2 22:28)
「4(守る)」の強度は、その近くに「5(破る)」な存在がいるかどうかで大きく変わってくるね。
ディベートマシン (2026.2.2 22:25)
ツイッター(現エックス)をリプライ・リポスト・引用リポストなどを駆使する巨大な「ディベートマシン」として活用させ、より多くの人々を様々な論争の渦に巻き込むことにより、人類進化を促そうとする「7」のイーロン・マスク。
「陰謀論」という娯楽 (2026.2.2 21:50)
「現実(そのままの"ありのまま")」ではなく「真実(解釈された"ありのまま")」にたどり着ける存在への憧れと、自らがそこに近づけたことへの喜び。
考察のやり過ぎ (2026.2.2 21:09)
数秘術において「7」の人は「よく考えるクレバーな人」というイメージで語られるけれど、あまりにも「7」が強い人だと考察のやり過ぎで、世界そのものが大いに歪んで見えていたりもするから、その場合は当人の主張や考えを鵜吞みにはしないほうがいいかもね。
観察の「改竄」 (2026.2.2 20:51)
自らの知を誇るあまり、調子に乗って「7(考察)」をやり過ぎると、考察のきっかけとなった「2(観察)」を大いにゆがめてしまうこともあるよなぁ。
見せすぎ、出しすぎ (2026.2.2 18:55)
調子に乗って自らの思考や思想を「3(開陳)」をし過ぎたせいで、せっかくの評価・評判を台無しにする人こそ、もっと「6(自粛)」という慎ましさを学ぶべきなんだろうなぁ。
やや無神論者 (2026.2.2 12:38)
僕は昔から「無神論者」を自認しているけど、別に墓参りも行くし、初詣とかも友達と行ったりするね。
「怠惰」故の継続 (2026.2.2 0:57)
自らの本質が「怠惰」であることを深く認識しているからこそ、退屈に思えるような日々のルーティンをこなし続けられるのが「4」な人だと思う。
「プロトコル」の更新 (2026.2.1 10:44)
自分自身との間に結んだ「私とはこうであるべき」という「2(プロトコル、約束事)」が、水面下における長年の淡い「7(問いかけ)」による再解釈に基づき、全く別物に「更新」されるケース。
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